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2018年07月17日

ガーシュウィン ピアノ協奏曲へ調 ローエンサール&ダノン/RCAビクター交響楽団 1962年録音


マイナーな曲ですね。ガーシュウィンと言えば「ラプソディー・イン・ブルー」か「パリのアメリカ人」と言ったところが定石ですが、私はピアノ協奏曲へ調の方が好きです。ガーシュウィンの理想はジャズとクラシックの融合ですが、この曲程それがはまっている曲は無い。
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最初に聴くときにはティンパニから始まる「ディンドンダンドン・ピシャ!」という音に違和感を感じると思います。私がこの曲を初めて聴いたのは小澤征爾のライブ放送。マーカス・ロバーツの即興も取り入れた異色の演奏でした。確かベルリンフィルともヴァルトビューネで演奏したはず。youtubeで「小澤 ガーシュウィン ピアノ」と検索すればすぐに出てきます。しかしここでは非常にマイナーな録音を。

ガーシュウィン ピアノ協奏曲へ調
ピアノ:レーモンド・ローエンサール
指揮:オスカー・ダノン
RCAビクター交響楽団
1962年 録音
録音 4.55点  演奏  4.70点

※カップリングは宇野功芳推薦の演奏でもある「ラプソディ・イン・ブルー」他。


まず驚くのは録音です。このCDはチェスキーというレーベルでの録音ですが、エンジニアのクレジットに「ケネス・ウィルキンソン」とあります。ご存知の方もいるかと思いますが、黄金時代のDECCAを支えた名エンジニアでショルティの「指環」の担当者でもあります。このCDすべての曲において、とても50年前以上の録音だとは信じられないほど分離・楽器の距離感もよく、響きも豊かで音楽的な録音です。ピアノ・バスドラムなどリアルな音がスピーカーから飛び出てきます。チェスキーというレーベルは今は存在しませんが、残された録音はオーディオマニアの中でも愛好家が多い。

協奏曲の内容については、軽快でジャズの要素満開の第1楽章、ジャジーだが哀愁漂う第2楽章、第1楽章と第2楽章の総まとめでガーシュウィンが天才だったことを教えてくれる第3楽章。全体的にノリが良く、ピアノソロも自由自在な風情が漂い愉しいことこの上ない。この曲はコンサートで演奏されると第1楽章が終わったところで拍手が起こることが多い。まぁあまりなじみがない曲で第1楽章だけで「ラプソディ・イン・ブルー」と同じ時間位ですし、派手に終わるので勘違いする人も多いのも一因ですが、第1楽章の演奏でピアニストの良否が図れてしまうからでもあると思います。

こんな曲です。

ガーシュウィン独特の管弦楽法も、弟子にしてくれとお願いしたラヴェルに「君に教えることは何もない」と答え断ったという逸話が残っていますがまさにその通り。というか、方向性がまるで違うので「君のやりたいようにオーケストレーションをやった方がいい(面白さが活きる)」というのがラヴェルの本音だったのでしょう。ラヴェルはクラシックの伝統に重きを置いてジャズの要素を取り入れる、ガーシュウィンはその逆ですから。

指揮者・ピアニスト・オーケストラともに知られていないというか無名に近い存在ですが、全体的に勢いがありクラシカルでありながらジャジー。見事にクラシック音楽とジャズの融合を体現している演奏です。そして何より3者が楽しく演奏し録音に臨んでいたことが伝わってくる。演奏者が無名な人ばかりで技量は?と心配される方もいるかもしれませんが、全く問題ない。DECCAの録音マジックかもしれませんが。指揮者オスカー・ダノンはウィーン国立歌劇場で指揮もしたことがあるそうです。

話は戻って小澤の演奏ですが、初めて聴いた時には面白い曲だと思って発売されたCDも買ったのですが、その時その時でマーカス・ロバーツの即興が違いライブの方が良かったので楽しめませんでした。その後、マイケル・ティソン・トーマス盤やこの演奏を聴いた後に小澤の演奏を改めて聴くと珍妙に聴こえます。マーカス・ロバーツの即興もそうですが、伴奏の小澤も四角四面過ぎる。youtubeで「gershwin ozawa」と検索をどうぞ。


ここで取り上げたダノンとローエンサールのCDはなかなか入手難なので、今はトーマスとオールソンの演奏が録音も良くBOX廉価で復活、そして演奏もいいのでお薦め。ちょっと前まで単品でもっとやすかったのに。トーマスはユジャ・ワンと最近演奏したらしく、その映像がyoutubeにupされています。「wang gershwin」と検索してみてください。


クラシックは苦手だなぁという方にもお薦め、愉しくブルージーな名曲ですので是非。録音に興味あるかたも是非取り寄せてみて下さい。吃驚すること間違いなしです。

ラベル:優秀録音 名録音
posted by 悩めるクラヲタ人 at 15:13| Comment(0) | 協奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月10日

ベルク ヴァイオリン協奏曲 ギトリス&フォンク/ケルン放送交響楽団 1992年ライブ


久しぶりの現代音楽。アルバン・ベルクのヴァイオリン協奏曲です。十二音技法で作曲されたもので、非常に難解でクラシック音楽に慣れている人でも取っつきにくい作品です。現代音楽は耳に残る旋律というものが無いですから、目の前を通り過ぎていく音響を捉えるという感覚で向き合うべきです。日本を代表する武満作品もそう思って聴きます。

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十二音技法はシェーンベルクが発案し体系化した作曲技法で、簡単に言えば従来の調性音楽から脱却し1オクターブに存在する半音を含めた12個の音を均等に扱い、基本となる音列で曲を構成していくというもの。これを突き詰めると音列を決めればコンピューターでも作曲できるようになる。新しい作曲技法として注目されましたが一過性のもので終わりました。シェーンベルク・ベルク・ウェーベルンという天才でなければ扱いこなせない技法だった訳です。ピカソのキュビズムをただ真似しても駄目なのと一緒。

ベルク ヴァイオリン協奏曲 ”ある天使の思い出に”
ヴァイオリン:イヴリー・ギトリス
指揮:ハンス・フォンク
ケルン放送交響楽団
1992年 ライブ映像
録音  4.00点  演奏  4.50点


入手はしにくいですが・・・

非常にマイナーな選択。通常ならばチョン・キョンファ盤やケーゲル盤を選ぶところですが、映像付で見たほうが感銘が深い曲だと思うので。それにギトリスのようなひっかくような奏法がこの曲には合う。この演奏当時ギトリスはすでに70歳を超えていましたが、それでもこういう曲を取り上げるという意欲がまず凄い。指揮者のハンス・フォンクは渋いですが、ドイツの手堅い名匠です。録音はそれほど良くないですが、映像付なのでオーケストラの動きが良く分かる。この曲を知るためには丁度いい。

この曲はマーラーの妻アルマ・マーラーの娘さんへのレクイエムとして作曲された曲です。不穏な序奏とテーマからスタートし、音列が様々な形で展開していきます。不穏な雰囲気、気味の悪いダンステーマ、絶望の淵のような第2部の開始、哀しみの音響に変化し最後は天使が天国への扉を開き幸せに天に召されていく明るい和音で終曲。正直聴いているとこの曲いつ終わるの?という展開です。急にパッと明るい和音で終結します。


楽譜を見てもさっぱりわからない・・・この演奏の最後のムターのヴァイオリンはいい。

ギトリスとオーケストラは、そのような背景をしっかり捉え一音一音を見事に音にしていると思います。まだギトリスもそこまで技巧が衰えていないですし、音色の表情変化や絶妙な音程でこの曲の瞬間瞬間を彩っています。ギトリス独特のかすれた奏法が哀切極まりなくはまっている。この演奏で聴くと、チョン・キョンファ盤は非常にわかりやすく聴き易いと思うのですが、少し物足りなくも感じてしまいます。

初演者のヴァイオリニスト クラスナーの演奏も残っていて評価も高いですが、如何せん録音が悪すぎる。確かにヴァイオリニストとウェーベルンの指揮は狂気の沙汰。ヴァイオリンの音はしっかりと聴こえますが、オーケストラの微妙なニュアンスまでは聴きとれず、この曲を本当に堪能するなら最新の録音でないと駄目だと思います。


現代音楽は確かに難しい。ピカソの絵を理解するのと同様に難しい。しかし聴いていて暗いがどこかにに向かって救いの手を伸ばしている雰囲気というか心象が、その音の一つ一つに感じられる。音の一つ一つがほろほろと触れば壊れてしまう様な、どこか儚く眩いヴァイオリン協奏曲だと思います。十二音技法は廃りましたが、この曲とヴォツェックだけは後世に残る傑作です。
posted by 悩めるクラヲタ人 at 19:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 協奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月07日

シューマン ピアノ協奏曲 コルトー&フリッチャイ/ベルリン放送交響楽団 1951年ライブ録音


クラヲタの中でも賛否両論の神格化された演奏の記録。アルフレッド・コルトー晩年のシューマンのピアノ協奏曲です。コルトーはこの曲を得意としており、SP時代にも録音を残しています。そちらも昔から名演・名盤として名高いものですが、この晩年の録音は正規発売されるまで弟子の間で秘蔵されていたものです。
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若い頃の写真はショパンの顔とそっくりだったコルトー。

コルトーの弟子として有名なのはリパッティ、ハスキル、ハイドシェック、遠山慶子と個性的なピアニストでしかも皆優れたピアニストばかりで教育者としても偉大な功績を残しています。ミスタッチが多く、ロマンティックでテンポルバートが多い演奏は、今となっては古臭く一時代前の演奏家となりつつありますが決して忘れてはならないピアニストです。

シューマン ピアノ協奏曲イ短調
ピアノ:アルフレッド・コルトー
指揮:フレンツ・フリッチャイ
ベルリン放送交響楽団
1951年のライブ録音
録音 3.35点   演奏 4.65点


入手難になりつつある。

イ短調の作品ですが、異端調でもあり破綻調でもある演奏(笑)このミスタッチだらけでテンポ変化も多いコルトーのピアノによく合わせたなと感心します。今の時代にこの演奏会が開かれたらブーイングの嵐なのではないかと。第1楽章初めの部分からコルトーのミスタッチがあり、壮大な不協和音が鳴り響きます。この演奏を「コルトーのテクニックはすでに衰えており、彼の名を貶める演奏記録で発売すべきではない」という方もいるでしょう。



この演奏は評論家の宇野功芳が昔から褒めちぎっていたCDです。auditeが放送音源から正規発売されるまでは、恐らく弟子の秘蔵テープの音源から製品化されたものしかなく非常に貧しい録音状態でした。auditeから出た時は鮮明になったことは喜んだと同時に、コルトーのピアノの音がはっきりと聴こえる=ミスタッチも目立つという弊害も出ましたが、演奏自体は創造芸術とは何なのかを深く考えさせられました。

コルトーの得意曲ですが、演奏前には最初の和音を奏でる手の形を作ったまま演奏会に臨んだなんていう逸話も残っています。それでも上手く弾けていない。その後もミスタッチとテンポルバートの連続。でも耳を惹きつけられてしまう音の連なりの連続。テクニックは破綻していますが、表現者としての精神は衰えていない。

普通に弾けばもっとミスタッチも少なく弾けるのでしょうが、最終楽章の右手に隠れがちな左手のロマンティックな伴奏音型を浮き立たせるなど「自分の表現したいものがまだあるんだ、ミスタッチしてもそこは譲れないんだ」という彼の表現者としての矜持が時代を超えて聴き手の心に響き続ける。






若い頃の録音。テンポは速い。当時からミスタッチはありますが。

基本テンポは遅く、ロマンティックの極み。フリッチャイは冷静にコルトーの演奏に合わせていきます。オーケストラは乱れずにコルトーに同調するように伴奏しています。フリッチャイというと即物的なソリッドな演奏が特徴でカップリングのチャイコフスキー 交響曲第5番はテンポが速くスリリング。ムラヴィンスキーよりも切詰めた演奏でこれも優れた演奏。しかしこの伴奏の指揮者と同じ演奏とは思えない。当時コルトーは雲の上の存在でしたから合わせざるを得ない面もあるのでしょうが、そのコルトーの表現意欲に引き込まれたのでしょう。

ピアニスト 内田光子さんの名言「演奏とは時を変える行為であり、それを聴いた人の”時間の質”を変えること。そしてその記憶が人の人生を変える。それが演奏家の存在意義」。
この演奏会を聴いた人にはどのような記憶が残っているのでしょうか?晩年のコルトーの演奏会は暗譜間違いやミスタッチも多く、リサイタルだと弾きなおすこともしばしばだったそうですが、その演奏会を聴いた人にはその出来事では無く、そうしてまで発信された「音」一つ一つが忘れられない記憶になっているという文章をよく見聞します。




「時間の質」を変えてくれる演奏の数々が詰まったBOX。リマスタリングも上々で、コルトーの思索の変遷も辿ることができるレコード芸術の名に恥じないEMIのいい仕事。フランスEMIは本当にいい仕事する。それに比べ・・・

今の時代、音楽家は多いし発売されるCDも多いですが、聴いた人の時の質を変える音を出せる「芸」を持った芸術家はどれだけいるのでしょうか?内田光子さんの言葉が頭の中を反芻するCDの一つです。コルトーは間違いなく芸術家だったと・・・・

ラベル:ヒストリカル
posted by 悩めるクラヲタ人 at 10:15| Comment(0) | 協奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする