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2017年05月23日

チャイコフスキー 交響曲第4番他 ザンデルリンク/ベルリンpo+ブロンフマン 1992年ライブDVD


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クルト・ザンデルリンク。通好みの指揮者です。若い頃から活躍してヨーロッパでの評価は高かったですが、日本ではぱっとした人気は最後まで出なかった指揮者でした。しかし彼が2011年に亡くなった時には本当に巨匠と呼ばれる人がいなくなったなぁと思いました。忘れ去られてほしくない指揮者です。

ドイツを中心に活躍し同時期に人気を博したギュンター・ヴァントとタイプが似ていますが、生み出される音楽は全く違います。ヴァントの凝縮した響きに対し、如何にもドイツ的な豊饒な響き。ヴァントには確固とした自分の「音楽」がありましたが、ザンデルリンクには自分の「音」がありました。どのオーケストラを指揮してもザンデルリンクのふっくらとした、しかし核のある彼の音にしてしまうという存在感がありました。そんな指揮者はもう・・・

そんな彼の録音で忘れられないのがベルリンpoとの1992年のコンサート映像。この時期WOWOWがベルリンpoに力を入れていて、毎月コンサートを中継していました。その頃はザンデルリンクの存在を少し知っていた位でしたが、最初のサン=サーンスのピアノ協奏曲第2番で完全に心持っていかれました。このテレビ放送に出会っていなければサン=サーンスのこの曲に魅入られることはなかったかも。そして、こんな指揮者がまだいたんだと驚き。プログラムは

サン=サーンス:ピアノ協奏曲第2番ト短調
スカルラッティ:ソナタ ハ短調(アンコール)
チャイコフスキー:交響曲第4番ヘ短調
指揮:クルト・ザンデルリンク
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1992年 ライブ録音
録音  4.35点   演奏  4.70点
画質は今となっては荒いです・・・・


普通に探してもAmazonでは見つかりません。HMVやタワーなら簡単に見つかります。


サン=サーンスはブロンフマンのピアノのキレッキレッさが半端ない。それをどっしりと支えるザンデルリンクとベルリンpo。しっかりと根を張ったオーケストラの響きに対し少し硬質ですが肉厚のあるブロンフマンのピアノががっしりと組み合う。砂埃舞い上がるが如く傲然と鳴り響く。しかしうるさくならないし、美しい音もしっかりと耳に届く。第3楽章のコーダは圧巻。これだけザンデルリンクがずっしりとオーケストラを鳴り響かせているのに、少しもブロンフマンのピアノの音が埋没しないのが不思議。

ベルリンの聴衆もすっかり1曲目で降参。拍手が鳴りやまない。何度もブロンフマンはステージに呼ばれ、ヴァイオリン奏者から「アンコール弾かないの?」みたいな会話をしている様子が見られますが弾かない。オーケストラが舞台から下がるも拍手は続き、ようやくブロンフマンは弾くかという感じでピアノの椅子に座る。「まいったな、考えてなかった。何弾こうかな・・・」と考え「スカルラッティ、ソナータ」と言った後弾き始めます。火照った耳と脳に相応しい静かなスカルラッティ。慌てて聴きに戻るオーケストラの団員もいて微笑ましい。


ザンデルリンクの晩年の録音を集めたBOX。ブラームスの交響曲全集が有名ですね。

そして後半のチャイコフスキー。正直、テレビで見た時はサン=サーンスにやられていて、しかも遅いテンポの演奏に「ちょっと地味だな」と感じました。しかし今改めて聴くといや何とも素晴らしい。この交響曲第4番でありがちな派手派手しさのない、どっしりとしたドイツの音でありながらロシアの郷愁漂う演奏は大人の味がします。どの演奏(ムラヴィンスキーでも)を聴いても耳に刺さるトランペットがそうはならない。

驚くのはベルリンpoの本気度。よく映像を見ると彼らにしては珍しくザンデルリンクにギリギリのところまで詰められている。コンサートマスターも第2ヴァイオリンの首席奏者も結構必死に見えます。弓を目いっぱい使って弾いて、首席奏者は後列をリードしている。しかし音楽は淀みなく泰然と流れるこの不思議。テンポは晩年のバーンスタインと同じ程度ですが、丁寧に刻んでいるのであれほど粘着質でくどくならないし90%の力でしっかりと歌う部分は歌いぬく。時に95%でグイッと手綱を締める。ザンデルリンクの指揮ぶりは音をなでるかのような指揮ぶりなのですが、音楽は深い。ティンパニの1音1音が弱音でも耳にズシリとくる。


これはレニングラードフィルとの若い頃の録音。基本解釈は変化が無いものの、彼の音はまだ出来上がっていない。

全ての楽章で目立つのは名物奏者たちの音。特にクラリネットのライスター、オーボエのシェレンベルガーが素晴らしい。今のベルリンpoには無い音です。目立つけどちゃんとオーケストラの中(ザンデルリンクの響き)に溶け合う。今の巧いと言われるオーケストラは分離して浮き立ってしまう。パユのフルートとかは巧いし美音ですが、ブラウのフルートと巧さの次元というか音色の毛色が違います。

若い頃には気づかなかったものに今頃気づく。多分今の若い人が聴いてもわからないような気がします。特にフィナーレも熱血では無く、軸足ぶれず「ドシッドシッ」と進みシンバルも「ジャーン」と派手だけではなく「ピシッ」と締まる。ライブで聴いても「ブラァァヴォ!」とならないでしょう。実際にベルリンの聴衆もそうなっていない。(ブロンフマンにはアンコール後に口笛さえ吹いていたのに)ずっしりと後でじわじわ効いて、記憶に残る演奏なのです。そして何度も見て聴きたくなる。

この演奏会の映像は出ないだろうなぁと諦めていたのですが、陰で人気があったのでしょう。ザンデルリンクとブロンフマンというと地味で売れ無さそうですから。発売される聞いた時からサン=サーンスの興奮が耳にすぐに蘇り即購入。その頃にはザンデルリンクの凄さにも気づいていたので。しかしこれほどまでチャイコフスキーが素晴らしい演奏だとは。購入当初は前半ばかり繰り返し見ていましたから。しかし後半も全く負けていない。ドイツの音がハーモニーとなってホールを満たす。fill+harmonyでフィルハーモニーなんだなぁと。


これがイタリアのオーケストラの音か?と思う。

ザンデルリンクの指揮姿はいたって普通で力こぶを振り絞るタイプではないのですが、オーケストラが必死に音を振り絞って出す。優しく振っている時でも力強い音が溢れる。そこにいるだけで音が変わる昔気質の指揮者で内田光子がべた惚れだったのもわかる。しかし不思議。どこか晩年のマタチッチとN響に似ている。同じベルリンでもザンデルリンクはベルリン交響楽団の指揮者でした。出来不出来はある方の指揮者でしたが、もっとベルリンpoを振って欲しかったと思う記録です。


彼は2002年に自ら引退。最後のベルリンsoとの演奏会も含んだ録音集。内田光子も最後のコンサートに希望して参加しています。(モーツァルト ピアノ協奏曲第24番)

しかしいいコンサートと響き。同じベルリンpoでもラトルのベートーヴェン交響曲全集が聴けなくなってしまう・・・

関連記事
・サン=サーンス ピアノ協奏曲第2番&5番 ティボーデ&デュトワ/スイス・ロマンドo

posted by 悩めるクラヲタ人 at 07:44| Comment(0) | 交響曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月19日

【ハイレゾ音源】チャイコフスキー 交響曲第4・5・6番 ムラヴィンスキー/レニングラードpo 1960年録音


e-onkyoサイトだと今ならこの名盤のハイレゾ音源(flac 96kHz/24bit)が1,400円でダウンロードできるとは。ぽちっとしてしまいました。多少は聴ける音質にはなったと思いますが。
今はセール終了で3800円。でも安いかな。
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ムラヴィンスキー チャイコフスキー3大交響曲ハイレゾ音源


チャイコフスキーの後期3大交響曲を代表するCDとして、おそらく全世界で高い評価を受けている名演奏だと思うのですが・・・エソテリックのSACDで購入もしましたが、正直「?」と思い続けているCDです。

これは第4番。

図書館でこの演奏の廉価LPを借り、聴いた時の衝撃は今でも忘れません。当時高校生だった私には、「早い!なんだこのアンサンブルの凄さは!」と、第4番終楽章や第6番「悲愴」の第3楽章を繰り返し聴いたものです。その後、大学生になりCDを買えるようになり棚の仲間入り。しかし、あの時の感動を得られることはありませんでした。確かに演奏は凄いのですが、評論家がいう「名録音」という言葉がどうも引っかかる。装置が悪いのか・・・


その後、一番好きな交響曲第4番の初期盤LPを入手し、少しはあの時の感動が蘇ってきました。そして、SHM‐CDへの買い替えを経て、エソテリックがSACD化すると聞いてすぐに入手。しかし、やはり満足ができませんでした。このエソテリックから発売されたSACD、ヤフオクでは凄い高値で取引されている。

例えば第4番の第3楽章などは聴いていて不満を感じないのですが、第1楽章や第4楽章では表現や弦のアンサンブルの凄さはわかるのですが、録音のため迫力が薄い。打楽器が低音も高音も潰れてしっかりとマイクが捉えていない。グランカッサ・シンバルの距離が遠く音もチープ。第5番第4楽章、第6番第3楽章などもそう。古い装置で聴いていた時の方が、いい演奏に思えていたことが何とも矛盾です。

これは第6番。



で何がいいたいの?ということですが、フルトヴェングラーのバイロイトの第9並にリマスタリングやSACD化するなど、より音が良くなったと謳われ再発売を繰り返されているのですが、結局満足感を得られるレベルに達することができない名演奏だなということです。どの本でも、レビューでも高評価。演奏に関しては私も同感。でもSACDにプレミア価格などがつくことを見ていると、私と同じようにどこかこの録音にもどかしさを感じていて、「もっといい音のはずだ」という期待値があり、それを求めているからSACDや初期LPを高値でも買おうとするのじゃないかと。

これは第5番。すべて SACDシングルレイヤー仕様て、CDプレーヤーでは再生不可。

正直、ムラヴィンスキーのチャイコフスキーの交響曲第4番の演奏ならば、その少し前の1957年のモノラル録音の方が迫力をよく捉えていてよく聴きます。
第3楽章

第4楽章


どうですか?

第5番であれば、ムラヴィンスキーのその後の録音でいいものがたくさんあります。個人的に好みなのは1982年録音。


第6番はムラヴィンスキーの演奏では後年のものではいいものがなく、フリッチャイやアーベントロート、最近のものであればものものしいですが激しく慟哭するバーンスタイン盤を聴きます。(第4番もバーンスタインかな)



名演であることは間違いないのですが、名録音か?といつも考えてしまう。今までのブログからでも、ムラヴィンスキー評価者であることは理解していただけると思いますので、誤解しないでください。評価の難しい演奏・CDだと思うのは、私だけなのでしょうか??

国内SHM‐SACDシングルレイヤー盤は聴いていませんが・・・レビューを見ていると・・本当に音変わってる?

こんなのもあります。しかし手を替え品を変え、同じ録音を何度繰り返しリマスター商売を繰り返すのか。



posted by 悩めるクラヲタ人 at 09:43| Comment(3) | TrackBack(0) | 交響曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月15日

ショスタコーヴィチ 交響曲第10番 スクロヴァチェフスキ/ベルリン・ドイツso 2003年ライブ


昨日のパーヴォとN響の演奏も、珍しく快演だったショスタコーヴィチの交響曲第10番。

今年は、愛すべき「ミスターS」こと指揮者 スタニスワフ・スクロヴァチェフスキさんがお亡くなりになりました。日本にも所縁が深い指揮者で昨年の最後の来日でも、読売日響とブルックナー 第8番を演奏、NHKで放送されました。

ご高齢にもかかわらず立ったままの指揮で、しかも矍鑠とした指揮ぶり・音楽を聴かせ、聴衆だけでなく一緒に演奏していた楽団員も涙を浮かべていた素敵な演奏でした。CDでも発売され、e-onkyoサイトでもハイレゾ配信されています。

最後の来日公演 ブルックナー:交響曲第8番ハ短調 (24bit/96kHz)
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そんな中、私は棚に唯一遺っているショスタコーヴィチを取り上げます。スクロヴァチェフスキと言えばブルックナー指揮者のイメージが強いですが、私としてはショスタコーヴィチ向きの指揮者だったと思います。オーケストラがドイツ・ベルリン交響楽団という優秀なオーケストラとの録音でもあり、彼の創りたかった音楽がわかるような演奏でもあります。何故か有名・巧いオーケストラとの録音が少ない指揮者でもありました。

ショスタコーヴィチ 交響曲第10番ホ短調
指揮;スタニスワフ・スクロヴァチェフスキ
ベルリン・ドイツ交響楽団
2003年 ライブ録音
録音 4.45点  演奏  4.65点





全楽章に渡って全てにおいて過不足の無い名演です。ムラヴィンスキーやカラヤン、バルシャイと比較してもこの曲のベスト演奏に挙げていい演奏です。だから結構買い漁ったスクロヴァチェフスキのCDでも唯一棚に残っているのです。

演奏の傾向としては、作曲家でもあったスクロヴァチェフスキの楽譜の読み込みが深く、全ての音を聴こえるように演奏していて、ショスタコーヴィチ特有の渾身の迫力が求められる部分でもただの大音量でなく作曲家のもがき・喘ぎを感じさせてくれる。流石にムラヴィンスキーのような阿鼻叫喚の響きではないですが、シンフォニックで耳に適度な刺激を与えてくれる。

スクロヴァチェフスキの演奏の特徴は、作曲家視点で楽譜をしっかりと読み込み、細部にまでこだわった演奏をするところ。これは彼の名前が日本でも知られ始めた1980年代以降、というか終始一貫変わらぬ姿勢・スタンスで良くも悪くも演奏が老成・成熟していくということが無かった指揮者だと思います。変わっていったのは一緒に音楽をするオーケストラの尊敬の眼差しと、スクロヴァチェフスキの1音1音への「慈しみ」が強くなっていったところでしょうか。最後までフレッシュな音楽づくりが持ち味でしたが、これに先ほどの部分が加わることで演奏の質は上がっていきました。

ただ練習は厳しかった指揮者だったそう。だからメジャーなオーケストラからは晩年になっても呼ばれなかったのでは?2011年に小澤の代演でベルリンpoを指揮して好評を博しましたが、その後呼ばれた?ヴァントとの違いは??

恐らくセクション単位へのこだわり、「こういう音が欲しい」というのが強い指揮者だったからでしょう。マスで音楽を創るというよりは、細部細部の本当に細かいニュアンスの積み重ねがスクロヴァチェフスキの魅力であると私は思っています。

一つ間違えればブーレーズ的ですが、彼にはリズムと生きた音楽を創りたいという欲望があります。だからマスの響きが求められるベートーヴェン・ブラームス・ブルックナーといういわゆるドイツ三大Bの録音も多いですが、そういう点が不満で何度も聴こうと手に取らなかった。だから棚を去る・・・一度聴くには愉しいし、感心するのですが。

だからオーケストラがその音楽を理解し、この人のいうことについていこうと思わなければ「リハーサル面倒くさい・・・」とオーケストラから嫌がられる。逆に読響みたいについていきたいというオーケストラからは「俺らにもこんな音が出せるんだ、こんな演奏が出来るんだ」と好かれたのでしょうし、最後の共演での涙の意味もそういう部分が強かったと思いました。当然「これが最後かも・・・」という気持ちもあったでしょうが。


私はスクロヴァチェフスキのブルックナーの演奏は聴いた時には「いい演奏だ。あぁ面白いいい音楽を聴けたなぁ」と思う一方、心に強く長く響きが残るし演奏ではないかなというのが正直な印象。痒いところまで目の行き届いた演奏なのですが、それが良くも悪くも響きがブルックナー的なオルガン質の音として広がらない要因の一つだと分析しています。

シューリヒト的な演奏ですが、身を委ねたい部分で「えっそんなテンポとるの?」とか「その音を強調しますか!」とフレッシュを通り過ぎてブルックナーの音楽よりもスクロヴァチェフスキの存在が出てきてしまうのですよね。それが愛される要因の一つでもあるのですが(笑)

で、ショスタコーヴィチに話を戻すとそれが逆にマッチする。そもそも音の広がりをそれほど求める音楽ではないし、個々の楽器の妙技が求められる、そして何よりスクロヴァチェフスキの先ほどの「えっ!」と思わすところまで求められる曲だから。そしてそれがベルリン・ドイツ交響楽団の深い音が加わり名演になっています。これがザールブリュッケンや読売日響などだと多少不満が残ったでしょう。自分と同時代を生きた作曲家として尊敬の眼差しすら感じる深い楽譜の読み。

感動的な映像・・・
そのこだわりに見事に応えるベルリン・ドイツ交響楽団の各セクションの面々の積み重ねがこの名演に繋がった。ベルリンpoよりも指揮者の求める音に素直に応え、それに底深い低音を加えて返すという点でベルリンpoよりもいいオーケストラなのではないかと、プレートルなどとの演奏も聴いたりすると思う名オーケストラです。(但し、つまらない指揮者が演奏するとそれなりの音楽にしかならない点でベルリンpoと違いますが(笑))

ショスタコーヴィチの第10番はムラヴィンスキーの録音はステレオでも残っていますが録音が甘く、同時期のライブの方が名演だけどモノラル・・・と演奏は優れているが録音に難点が。


バルシャイの演奏が今のところよく聴く演奏ですが、今回スクロヴァチェフスキの演奏を改めて聴いてこちらのほうが少し燃焼度が高く、人間味があるという点で少し上かなと思います。

ベームやヴァントみたいに晩年にブレイクみたいな現象も起きなかったのが、なんか常に愛すべき巨匠スクロヴァチェフスキの身近な存在感が好きでした。

タグ:優秀録音
posted by 悩めるクラヲタ人 at 05:27| Comment(4) | 交響曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする