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2017年09月19日

シューベルト 「さすらい人幻想曲」 エリー・ナイ 1964年録音 +キーシンの演奏 


作曲家自身がうまく弾けず、苛立ちのあまり「こんな曲は悪魔にでも弾かせてしまえ」と言ったという逸話が残る「さすらい人幻想曲」。第2楽章の変奏曲主題が自作の歌曲「さすらい人」から採られているので、このような名を冠しています。彼のピアノ・ソナタと違って沈静的なところは無く冒頭からベートーヴェンのソナタ?というような鳴りっぷりで、テクニック披歴に相応しくコンサート映えもするので好まれる曲です。

ただ演奏の雰囲気演奏するピアニストによってかなり印象が異なります。私が最初に耳にしたのは名盤と言われるリヒテルのEMI録音。凄い打鍵だなぁというのと一気呵成に弾き切る彼の全盛期の記録でもあります。録音は当時のEMIならではのオフ気味な録音にもかかわらず強音では少し割れ気味で・・・
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さてドイツの女流ピアニスト エリー・ナイ(1982-1968)。知る人ぞ知る戦前戦後のドイツを代表するピアニストでアルゲリッチ同様女流という言葉の範疇に相応しくないピアニストです。彼女の詳細については過去記事をご参照ください。激しい信念をお持ちの方です。
・エリー・ナイのベートーヴェン ピアノ・ソナタの演奏を聴いて・・・
個人的にはベートーヴェンも得意としていたし、音色的にもバックハウスと似ていると思います。そんな彼女の「さすらい人幻想曲」を。CDとしてが入手難でデジタルダウンロード音源ですが。

シューベルト 幻想曲ハ長調「さすらい人」
ピアノ;エリー・ナイ
1964年録音 彼女82歳!
録音 4.30点  演奏  4.65点


※モノラルの旧録音もあるのでご注意を

彼女の晩年の録音集(ほぼステレオ録音で音質もいい)。AMAZONでもたまにしか出ないし、ヤフオクでも高値です・・・20,000円位が相場みたい。

印象的な「ダーン・ダ・ダ、ダーン・ダ・ダ」というダクティルリズム(長‐短短)の明確でこの曲全体を支配する冒頭の強打がありますがこの冒頭だけでナイの音に惹きこまれることでしょう。ぺダリングが独特かも。その年齢からは想像できない強い打鍵と存在感・風格のある音。

この曲は切れ目なく演奏されますが、4つの部分からできています。第1部が勇ましい楽章、第2部が穏やかな緩徐楽章、続いて急速な3拍子の第3部、最後にまた華やかなアレグロで「ワルトシュタイン」にも作りが似ている第4楽章。実質はピアノソナタのようなものですが、その切り替わりのも見事なものです。シューベルトの中でも非常にドラマティックで全体の構成もしっかりと出来ている。

リヒテルの演奏。強打が・・・

ナイのピアノで演奏されるこの演奏は、この曲が作曲されたのが「未完成」を作曲した時期と同時期でもあり、晩年に差し掛かる頃ということもなんだか感じさせてくれます。力強さと第2部や第3部中間部のような晩年のピアノソナタ群の雰囲気もありますので、その辺の表情変化(しかもテクニック難)が求められる。まだ10代神童キーシン時代の演奏が非常に模範的で明晰。

カラヤンとのチャイコフスキー協奏曲、アバドとの合唱幻想曲も入ったいいとこどりのキーシンセット。
録音も良く一般的にはお薦め。安定したテクニックと第2部のような美しいひと時と激しく鳴る部分への切り替えも上手いし、曲に迸る感情の吐露を感じる。ただ・・・ちょっと無国籍的できれい達者過ぎるかなとも。

エリー・ナイのピアノはテクニックの衰えはそれほど気にならない。というかバックハウスやケンプのような技巧の衰えとはほぼ無縁、またハスキルやヘブラーのような弱音の細さもない。ドイツ人のピアニストですと言って聴かせたら「えっ女性のピアニストだったの?」と聴後驚かれること間違いなしです。

全体の構成力がしっかりしていて自国の音楽を自信を持って手練れの音楽として演奏している。強打が特徴のピアニストですが芯とコクがありうるさい音色にならない。音色を聴いていると使用楽器は恐らくスタンウェイではなく、ベーゼンドルファーではないかと思います。その影響もあるのでしょう。

「月光」の演奏風景の一部。
矍鑠とした演奏ですなんていうのも失礼な演奏。彼女の得意とするベートーヴェンでもそうですが、全体の構成を考えた解釈で、左手の分厚い響きが非常に生きており、憧れを感じる第2楽章の中間部から後半にかけては音のその低音と高音のコンストラストで聴かせる。強打一辺倒でなく揺らぎない解釈への自信、それに加え音色の変化の巧みさと豊かさ、そして人間味・遊び心のある音色・響き。当然、最後のコーダの仰ぎ見る迫力も圧倒的です。音が割れ気味になっても何のその。でも凡百のピアニストと違い和声がしっかりしているので、耳障りには決してならない魔法。


ポリーニです。
ナイの演奏を聴いていると、ポリーニや優れたキーシンでさえ芸格の差というか、手に馴染んだ感が全く違うし、地に足のついたドイツ音楽を聴いたという充足感が他盤との圧倒的な差。

第4楽章では少し乱れもありますが、これも一つの芸・表現かと思わせるようなテンポ変化と溜めのようで効果的。優れた録音で残されたことが本当にうれしい名演です。珍しく音源付けます。
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●第2部

●第4部

彼女のベートーヴェンが聴きたくなりますよね。

MP3アルバムですが、皇帝と熱情がセットのこれを聴いてから、ピアノソナタ 30番~31番に進むのがお薦めです。「熱情」の最後は熱が入りすぎてコーダで1パッセージ多く演奏していて面白いです。
タワーでも在庫僅かみたい。
Beethoven: Piano Concerto No.5, Piano Sonata No.23 エリー・ナイ



忘れれてはならないピアニストの一人。コロッセウム社のCDの安定供給を望みますが、一縷の望みしかない。悲しい時代です。

入手し易く、昔から評価の高いコンヴィチュニーとのブラームス。
でもまずは皇帝と熱情からベートーヴェンは聴くべし。

posted by 悩めるクラヲタ人 at 21:27| Comment(0) | 器楽曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月17日

グールドの「ゴールドベルク変奏曲」の伝説が出来るまで〜Unreleased Recording Sessions


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グレン・グールドが1955年に録音したバッハ「ゴールドベルク変奏曲」。21世紀になっても色あせない名盤です。今回はリマスタリングを売りにするのではなく、その録音過程のすべての記録を曝け出すという新たな観点から「The Goldberg Variations-the Complete 1955」が制作され、すべてのアウトテイクと完成録音CD+重量LPで発売されました。


AMAZONで発注していたのですが珍しく入荷が遅れ、タワーレコードまで出かけて入手しました。最後の最後まで買うのを躊躇しました。「アウトテイクには確かに興味があるが、果たして何回も聴くのだろうか?」という言葉が頭を過るからです。しかし、グールドがどういう過程でテイクを繰り返し、どのテイクを選び出してあの名盤を創っていったのかという興味に負け購入。

思ったよりかもデカく重い。テイク中にプロデューサーと話をしているグールドの言葉も英語で書き起こしてある詳細なブックレット、しかもLPサイズで装丁もしっかりしているので分厚く重い。それだけ歴史的貴重性を持たせるという制作側の想いが詰まっている。

早速気になるアウトテイクを聴いてみる。最初のアリアだけでも10回以上も弾きなおしている。このセットに興味を持たれている方は「同じ曲・変奏を違う解釈で弾いているのではないか。それを聴いてみたい」という想いがあるでしょうが、そういうテイクの集まりでは無い。聴いているとグールドの頭の中でどのように演奏するかがほぼ固まっている。その為、「いや、ちょっとそういう音じゃない」「もうちょっと右と左の音の重ね方のバランスが一部違った」などという点で修正を繰り返し、頭の中にある音楽に近づけていく作業が録音されている。当然ミスタッチによる弾きなおしもあります。

ほぼ同じ解釈の弾きなおしが連綿と続いていくのですが、聴いていると「あぁこれは弾きなおすな」とか「ここが気に入らなくなるだろう」とかグールドの思考の一遍が垣間見れるような気がしてきます。「このテイクなら満足して終わるな」(外れる場合もありますが)とかわかってくるのが面白いところ。どちらかというとプロデューサーの目線で聴いている自分がいます。

昔発売されていたアウトテイクの一部ですね。

マニアックな方にしかお薦めできませんが、限定発売で今後もう2度と発売されることは無いでしょう。昔にはレコード1枚作るのにどれだけの苦労と詰め込む想いがあったかを垣間見れる貴重なBOXであり、コレクターとしては買いでしょう。今はやりの廉価BOXとは一線を画します。そのうちコレクターアイテムとなってヤフオクに出てくるような気もします。

このBOXを購入して車の中で聴きながら帰った時には、何か聴いてはいけないものを聴いているような気持もわいてきてしまいましたが、徐々に同じ繰り返しを聴く中で徐々にグールドの肉声とプロデューサーとのやり取りの中に入り込んでしまい、共にその場に居合わせているような錯覚にも陥りました。今回の発売に関して「グールドが生きていたら絶対に発売を許可しなかっただろう」という記述がプロデューサーノートに記載があります。多分そうでしょう。しかし、これほど異人・奇才と言われるグールドをここまで身近に感じさせてくれる記録は無い。

まだ完全盤(完成品)のCDとLPまで辿りついていません。こっちのテイクを使っても良かったのでは?というテイクを聴けるのも面白い。勢いがつきすぎたが故の不採用もあります。前後の変奏とのバランスを考えた上での採用テイクもあるというのも知れる。まさかこんな貴重な録音がこれほど大量にいい状態で保存され、発売されるとは誰も想像できなかったでしょう。しかし、面白いセットです。何回も聴くかはわかりませんが、これを聴いて1955年完成盤を聴くと、全く違う感慨に浸れることでしょうし、見方も180度変わる。

コレクターズアイテムとして、また後に高騰するでしょうから投資としても購入されても面白いかも。でもこれは「レコード芸術」の名に相応しい・・・
Glenn Gould - The Goldberg Variations - The Complete Unreleased Recording Sessions June 1955 [7CD+LP]<完全生産限定盤>

posted by 悩めるクラヲタ人 at 10:33| 器楽曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月14日

ショパン ワルツ集(13曲) リパッティの最後の演奏会ライブ録音


ショパン ワルツ集(13曲)
ピアノ:ディヌ・リパッティ
1950年 ブザンソン音楽祭でのライブ録音であり、リパッティの最後の演奏



リパッティのライブ録音を聴きました。プログラムの予定ではもう1曲演奏されるはずでしたが、身体の痛みに耐えきれず演奏出来なかったということです。そもそもこのコンサートが開かれたこと自体が奇跡的であり、録音が残されたことも幸運でした。この演奏を聴くと、33歳という若さで夭折したことが本当に残念でなりません。

1950年のモノラル、しかもライブ録音であること、そして当時のEMIの録音であることから、貧しい音ですので初心者の方にはお薦めしません。(契約がDECCAだったらもっとまともな録音だっただろうに・・・)再生し始めれば、気にならなくなりますが、それはクラヲタだけの現象でしょう。



あまりエピソードを書くと長くなるし、先入観だけで感動してしまうので聴いた後に「リパッティ ブザンソン」で検索して調べてください。アリス=紗良・オットと比べてしまうと、録音の良し悪しを超えて「リパッティがいい」と思ってしまいます。演奏全体に気品が漂っています。また曲ごとに音色と表現を大きく変化させているため、曲ごとの良さが堪能できます。

リパッティの演奏には、気品高く清冽、独特の間合い・呼吸の良さ、アルペッジョの余韻の良さが特徴的。(この演奏会のCDは演奏前の指慣らしの音も入っていますが、それだけでも美しい・・・バックハウスもそうでしたが)


BOXのほうがお得です。彼の至芸を堪能できます。

誰が言った言葉か忘れてしまいましたが、「ショパンはモーツァルトのように、モーツァルトはショパンのように演奏されるべきです」。この言葉は、リパッティの演奏によくあてはまります。この演奏会のCDにはモーツァルトのソナタも演奏されていますが、これも絶品。

子犬のワルツだけでも注意深く聴くと「これほど違うものか」と感じます。本当に良い録音で聴きたかった演奏家です。他にも録音記録は残っていますが、演奏はいいものの録音があまりよろしくなく、音楽と対峙してやるぞという時間に聴かなければ、よい演奏と思うことができません。と・く・に、国内CDでは。


オーパス蔵が出したものは未聴です。それでも元がそれほどよくないので期待薄。


このyoutubeだと、いい音に聴こえます。ヴィンテージLPからの板起こしです。

ラベル:ヒストリカル
posted by 悩めるクラヲタ人 at 22:45| Comment(0) | 器楽曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする