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2017年07月17日

バッハ ゴールドベルク変奏曲 グレン・グールド 1959年ザルツブルク音楽祭ライブ


定番のグールドのゴールドベルク変奏曲は過去に取り上げていますが、1955年・1981年ばかり注目され、影に隠れあまり存在を知られていない1959年のライブ録音を取り上げます。

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ご存知の通り、この後すぐにグールドはコンサートをドロップ・アウトしますので、彼のライブ録音は貴重です。新三大〇〇調査会ではないですが、「日本人が知っておくべきグールドの三大ゴールドベルク変奏曲」の一つです。

バッハ ゴールドベルク変奏曲
ピアノ:グレン・グールド
1959年 ザルツブルク音楽祭でのライブ
録音  3.40点   演奏  4.50点




基本的な解釈は変わりませんが、印象は2種の録音とかなり違います。やはりグールドも人の子、ライブだと感興の赴くままに指を動かしています。ミスタッチもありますし、他のスタジオ録音と違い主旋律と副旋律が交錯する部分で混濁してしまうところも散見されます。

冒頭部のyuutubeです。PCで聴くなら悪くない音です。

しかしながらこの演奏は全体としての流れがいい。当たり前の話でスタジオ録音でテイクを重ね各変奏曲で最良の録音を切って貼ったものではなく、「続けて全曲を演奏している」という部分で決定的な違いがあります。スタジオ録音では各変奏曲一つ一つが重要視されているのに対し、ライブでは前後のつながりを踏まえてその時々の感情を織り込み演奏していっています。

録音時はグールドも若く興奮して、指が先走っている部分もありますが、新たなグールドの一面が見れることでしょう。左手の音型をかなり強めに叩いているのが印象に残ります。テンポが遅い楽曲ではテンポが揺れ動いており、グールドが悦に浸ってピアノと対峙している(当然歌声交じりに(笑))様子がうかがえます。

中間部の演奏。

スタジオ録音と似ている点は、観客に向かって演奏していないところでしょうか。グールドはステージ上でピアノとバッハを素材にして一人楽しんでいます。蝶が舞うかのように気儘に鍵盤上を指が駆け抜けて行きます。ただし決してそれは恣意的に演奏しているわけでなく、しっかりと考え抜かれた解釈に裏打ちされた音の再創造であることは間違いありません。

ミスタッチもありますが、この最後の追い込みと流れの良さはスタジオ録音には見られない。最後の大河に辿りついたが如くの変奏は見事。

録音は残念ながら1955年に比べ劣りますが、1959年のライブにしては上出来の部類。もう少し高音が伸びていればと思います。聴衆のノイズを抑えるために調整をかけているような気がします。リマスターすればもう少しまともな音になるような気がします。

グールドのライブ録音は結構発掘されていますが、録音・演奏共に優れているものは少ない。このゴールドベルク変奏曲は得意曲でもありますし、彼が自然にこの曲を演奏するとどうなるのか聴いてみたい方には一聴の価値ありだと思います。現在時点でAMAZONで在庫が豊富にあるみたいなので(笑)、もしよければどうぞ。すぐに廃盤になりますよ。

posted by 悩めるクラヲタ人 at 20:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 器楽曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月15日

プロコフィエフ ピアノソナタ第7番 サンソン・フランソワ 1961年録音


プロコフィエフは、9曲のピアノソナタを残していますが、第6番から第8番までの3曲は「戦争ソナタ」と呼ばれ、演奏されることが多い円熟作であり、プロコフィエフの鋼鉄のフォルティッシモや複雑な緻密に計算されたリズム構成も彼独特。特に1939年から1942年にかけて作曲されたこの第7番は、一番知られていて演奏される機会も非常に多い。散りばめられた不協和音が良いスパイスとなり、不思議な感覚と緊張感を20分程度強いられる。

3楽章は演奏時間が短い、また演奏効果も高いことからアンコールでも弾かれることが多いです。7拍子という変拍子で、常にピアノは打楽器的に叩き鳴らされ、ピアニストには正確なリズム感が必要。また絶え間なく左手の変ロ音が鳴り響きどろどろとしながらも、リズム・音色が変転していく様は何度聴いても圧倒されます。コーダは特にそれが顕著で、リズム・ダイナミクスを明確に弾きこなすのは非常に演奏困難。この部分をピアノの音色変化も交えて見事に弾き切った演奏はフランソワのスタジオ録音か、アルゲリッチ位しか聴いたことがない。リヒテルは強靭な打鍵一辺倒、それは豪快ですがちょっとミステリアスな部分に欠けます。
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それにしても、フランソワの軽妙酒脱な音色、そして衝撃的なピアニズム。リヒテル、ポリーニなどと同じ楽器が出す音なのかと。フランソワにはあまり合わなそうな曲だと思うのですが、彼の分裂症的気分にピタリと融合したのかもしれない名演です。

プロコフィエフ ピアノソナタ第7番
ピアノ:サンソン・フランソワ
1961年 スタジオ録音
録音 4.35点 演奏 4.75点

※仏EMIのBOXならの録音点。同BOXには晩年のライブ録音もありますが、ちょっと演奏は荒い。


名盤のベルガマスク組曲と違い、録音年代が古いので下記のveniasのCD‐BOXにも入っていますね。ラヴェルのピアノ協奏曲、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番の名演も聴けるので十分かと。veniasレーベルも徐々に廃盤になっているようでHMV・タワーでも在庫が無くなってきています。レーベル自体が無くなったのかも。


戦争ソナタとも呼ばれる通り、壮絶で阿修羅のごとき演奏。そこにミステリアスな雰囲気を織り交ぜてくるところがフランソワの素晴らしいところです。第一楽章は不協和音が不穏な空気感を醸し出し、第3楽章への布石となっています。ピエロが観客無しのステージで退廃的に躍っているかのよう・・・

この演奏を聴いて、他のピアニストはどんな演奏をしているのだろう(普通の演奏はどうなのだろうということです)と思って聴きましたが、他の演奏は駄目ですね。完全に一聴して刷り込まれました。アルゲリッチだけ、この演奏に太刀打ちできるのは。

狂気の沙汰です。この演奏を聴いて、なんだか芥川龍之介の「地獄変」を思い出してしまいました。

燃え上がる牛車、炎をみて陶酔している良秀。
第3楽章が特に。7拍子という変則的な拍子も特徴的ですし。クラシックの曲というより、ジャズの即興演奏のよう。


うっとりするような演奏をするかと思えば、何かに憑りつかれたかのような演奏もする、そして気がすっぽ抜けてしまったかのように箍が外れた演奏もする。それもフランソワの魅力。今の時代からは輩出されることのない才能の持ち主ですね。クリュイタンスとのプロコフィエフのピアノ協奏曲録音は名高いですが、このソナタは他の曲とカップリングしにくいのか単売されないのであまり有名ではないのが残念です。


アルゲリッチも得意の曲ですが、若い頃より後年の演奏の方が勢いだけでなく味わいが深くなっている。ブレーキが途中でしっかりかかり、音色もこの至難の曲で多彩。

録音もしっかりしているし、もっと話題になっていいと思う。演奏もそれぞれ素晴らしいし、東北震災への寄付もされるアルゲリッチの気持ちもこもっているCD化。


リヒテルはあまり良くないですね。リズム感が足りなく重たいだけ。

パブリックドメインになり良好なリマスタリングもされたので、フランソワはもっと再評価されるべきです。瀟洒で粋、出来不出来は激しいがそれが芸となる希少な演奏家です。ショパンやドビュッシーばかりが彼の得意領域ではないことを知れたのは、今のBOX隆盛時代のよい産物なのかもしれません。普通なら歴史に埋もれていた演奏・録音でしたでしょうから。Bigot-Francois.jpg

posted by 悩めるクラヲタ人 at 08:12| Comment(0) | 器楽曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月12日

ドビュッシー ピアノ組曲「子供の領分」 遠山慶子 2006年録音


日本の女流ピアニストというと中村紘子さんや内田光子さんを挙げられる方が多いでしょうが、あのコルトーに師事した遠山慶子さんも忘れてはいけません。テクニック云々という点では他のピアニストと同列に語るべき人ではありません。

師のコルトーも得意としたドビュッシーの「子供の領分」。名盤としてはミケランジェリの演奏が取り上げられますが、全く別のベクトルをもった演奏です。ピアノの音色にこだわって、この演奏ではベーゼンドルファーを使っています。同盤に含まれる前奏曲第2集ではベヒシュタインを使っています。遠山さんが「スタンウェイではどうもドビュッシーの音の様にならない」とのこと。聴くと納得。

ドビュッシー ピアノ組曲「子供の領分」
ピアノ:遠山 慶子
2006年録音
録音 4.50点   演奏 4.65点




1曲目の「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」から語り口と音色が違います。独特のテンポ感と間合い。師のコルトーを思い出させてくれます。ミケランジェリなどと比べて音の縦線は揃っていませんが、それはテクニックは劣るからではなく、ドビュッシー感を表出するべく、音の粒を揃えないように演奏しているのだと思います。1曲目最後の締めくくりのところは、音が降り注いでくるかのように音彩が豊か。

ミケランジェリの演奏だと音が直接ぶつかってくる。

最後の和音は通常だと引っ掻くような鋭い音になることが多い。スタンウェイだと硬めの音でそうなるのですが、ベーゼンドルファーを使用していることとタッチで絶妙に硬質乍ら柔かい和音で広がりがあります。まだ次の曲があるのですからこうでなくては。

2曲目以降も同傾向ですが、曲の中でも雰囲気や表情変化が豊か。「ジャンボーの子守歌」で拘泥するようなテンポから一転して「人形のセレナーデ」での軽快なテンポへの変転の妙。ミケランジェリなどの他の演奏と何が違うのだろう?と思うのですが、ドビュッシー独特のどこか陰りのある中で色彩感が豊かなところでしょうか。

普通のピアニストはクリスタルでクリアに演奏しますが、ちょっと眩しいし違いが見えにくい。遠山さんの演奏は良い意味で曖昧で暖色の音色で様々な色が飛び交う。そして点と線で描くのではなく、楽節を面と幅で聴かせてくれる。

遠山さんと言えばモーツァルトの方が有名です。

4曲目の「雪が躍る」では特にその点が顕著で単音でもどこか違う。ベーゼンドルファーのピアノはレンジが少し狭いというか、低音が少し和らぎのあるもこっとした音で、高音もキンと鳴らない。その代りに温もりのある音になる。倍音が基音に違い部分の量が多めでそれが香りになる。車で聴くと物足りないのですが、家の固めのONKYOの装置で聴くとそれが非常に心地よい。前のシステムではこんなにいい音だっただろうかとここ数日思っています。





最後の「ゴリウォークのケークウォーク」もテクニックで聴かせるのではなく、テンポの揺らぎで聴かせてくれます。独特で唯一無二。和音と後惹く音が耳に残る。巧い下手って何だろうと考えてしまう。この録音が如何にも狭いスタジオで録音しましたという音で、そこで演奏してくれているような感じなので余計にそう思うのかもしれません。最後には少し見栄をはって終曲。

フランソワ。こんな小曲でも随分と違うもの。これがクラシックの面白いところでもあり麻薬的なところでもある。

オーケストラ曲もそうですが昨今の演奏は、ドビュッシーやラヴェルとしては精緻に演奏されるようになり過ぎではと考えてしまう。ブーレーズやツィメルマンなど正確無比過ぎて印象派楽曲なのにリアリズムに過ぎる。内田のドビュッシーも深刻過ぎてちょっと違う。クリュイタンスやフランソワみたいな軽妙洒脱な「ずれ」や曖昧さがやはり必要だなと気づかされた一枚です。しかし、なんと優しく包まれるような演奏で音だこと・・・

師の演奏については下記から。
・ドビュッシー 「子供の領分」 アルフレッド・コルトー 1953年録音

タグ:優秀録音
posted by 悩めるクラヲタ人 at 18:58| Comment(0) | 器楽曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする