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2017年09月25日

マーラー 交響曲第10番から「アダージョ」 M・T・トーマス/サンフランシスコso 2006年録音


ようやくマーラーを久しぶりに聴く気になったのですが、この曲です。マーラーの交響曲第10番は未完の交響曲です。第1楽章アダージョ以外はオーケストレーションがされておらず、スケッチだけが残されています。それに基づき補筆全曲版があり、サイモン・ラトルなどが録音しています。

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今回M・T・トーマスの演奏をSACDで聴くにあたり、全曲盤はちょっと違うなと感じてしまった次第。マーラーのオーケストレーションは完全なものではないとウィキにはありますが、一つの管弦楽曲と捉えて聴けばそうは感じられない。例えばシェーンベルクの「浄められた夜(浄夜」」のような。なので逆にこの後に続く楽章も想像できない。補筆完成番は蛇足のような気がします。

マーラー 交響曲第10番からアダージョ(嬰ヘ長調)
指揮・マイケル・ティルソン・トーマス
サンフランシスコ交響楽団
2006年 ライブ録音
録音  4.70点  演奏  4.65点

※カップリングは第8番「千人の交響曲」。そちらも素晴らしい。


トーマスは室内楽的に精緻に演奏しています。聴き方によっては時にシェーンベルクのように、時にショスタコーヴィチ的にも響く。交響曲というより交響詩的に感じます。録音が優秀でSACDだと音が浮遊しているように感じます。特にオーケストレーションが薄いと言われている部分の方があまりにリアルで無音の中に音が漂う。

その特段何もしていないような透明な演奏が故に、マーラーの他の交響曲と毛色が違うと思うのです。他の作曲家が第9番を作曲した後に鬼籍に入ったことに危機感を感じ、実質マーラーの9番目になる交響曲を番号無しの「大地の歌」としたことは周知のことでしょう。その「大地の歌」は、生きる喜びを歌い最後に告別を歌いますがまだ「生」を感じる。作曲後、生き延びたマーラーはでもやはり死を恐れながら第9番を作曲します。第9番は死への近づきと諦念が渦巻いている名曲ですが、中間楽章ではまだ諧謔的な余裕が感じられる。


ミトロプーロスの貴重な演奏。第3楽章のプルガトリオ。禁欲的なのでまだ許せる?

しかしトーマスとサンフランシスコsoによるこの10番の演奏には、もはや生への憧れが感じられない。諦念が達観に変化している。マーラー特有のリズミックな旋律も出てきますがもう諧謔性というか無駄な音にはなっていない。宙をさまようようなロンド。しかし夢ではない、現実だよと美しいアダージョがトランペットのA音で気づかせてくれる。そしてブルックナーの第9番の第3楽章のクライマックスの宇宙的不協和音?




しかしそこはマーラーらしく唐突で地上的に決める。その後はもう死への憧れすら抱いて受け容れるような音楽で幸福感に満たされる・・・・

補筆完成番は他の交響曲のように無駄な(言い方が悪いですが)諧謔性が復元されている感じます。例えマーラーが生きてこの交響曲を完成させても、このアダージョの後には補筆完成のような耳につく民謡的な旋律を過去の交響曲の様には調理しなかったと想像します。このアダージョでのロンド的な旋律のように。


レニーの演奏。汗が滴り落ちます・・・

このアダージョをバーンスタインのようにねっとり第9の延長線上のように演奏するのもありだと思いますが、単一楽章の管弦楽曲(シベリウスの交響曲第7番でもいい)として捉えるとちょっと違うのかもしれない。このトーマスのような真っ白なキャンバスに描く音響の方が相応しいし、非常にこの音楽を受け入れやすい。この後に「安心してください。まだありますよ」的な演奏は一番良くないと。「安心して聴きたいよ!」というとにかく明るい方にはラトル/ベルリンpo盤を。




至純のアダージョの後に、この補筆第2楽章を聴くと「ガクッ」来るのです・・・

本当の答えは無いし藪の中ですが、何回も一日で繰り返し聴いていたらそう考えてしまう演奏で録音でした。このCDの問題は無音でしばらく浸っていたいにもか関わらず、CD1のトラック1が10番で、トラック2から第8番冒頭のオルガンが「デーーーーン」と鳴り始めてしまうこと(笑)第8番の後の熱冷ましの方が良かった。

posted by 悩めるクラヲタ人 at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | マーラーの交響曲名盤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月20日

マーラー 交響曲「大地の歌」 フェリアー&ワルター/ウィーンpo 1952年の2種の録音


言わずと知れたワルターとフェリアーの名盤です。それは1952年にDECCAに遺したスタジオ録音を指します。当時としては名録音でこんな録音でフルトヴェングラーの録音が残ってくれていたらなぁと本当に思いますが、このワルター盤も素晴らしい。
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「大地の歌」はここ最近だとインバル/都響やベルティーニ/ケルン放送交響楽団などの録音のいい名盤も多数ありますが、バーンスタインの旧盤やこのワルターのスタジオ録音、そしてその数日後に行われた同コンビのライブ録音を聴くと、この曲にはオーケストラ独自の音色が無いと物足りないと感じてしまいました。インバルやベルティーニ盤も素晴らしいのですが、楽器の音色独自の愉しさに少し欠ける、淡白というか透明に過ぎる。

マーラーの交響曲第4番とこの「大地の歌」に関しては木管楽器のカラフルな音色、またオーケストラ独自の田舎臭いというか人間味・温もりのある音色のある演奏が好ましい。マーラーの第4番のワルター/ウィーンpoとギューデンの1955年ライブなどを聴くと本当にそう思います。まずは「大地の歌」に関して。

マーラー 交響曲「大地の歌」
コントラルト:キャスリーン・フェリアー
テノール:ユリアス・パツァーク
指揮:ブルーノ・ワルター
ウィーン・フィルハーモニア管弦楽団
1952年 スタジオ録音
録音  3.70点  演奏  4.60点



同コンビのライブ録音。
1952年 ライブ録音
録音 3.55点   演奏  4.65点


当然入手難です。Amazonリンク探すのに結構苦労しました・・・・

共に当時のウィーンpoの魅力の詰まった名演奏です。最初スタジオ録音のCDを聴いた時には、評価が高い割にあまり感銘を受けませんでした。フェリアーの歌唱の評価が高いですが、私には少しその籠ったような歌声はちょっと苦手でした。ワルターが最初にフェリアーの歌声に触れた時に涙したという逸話は本当か?と疑ってしまいました。フェリアーはこの録音の数年後に癌のため急逝されたのでヌヴーなどのように少し神格化されすぎではないかと思っています。

家に再発ではありますが初期盤LPを所持しており、それで聴くとCDよりは籠った感じは無くリマスタリングで焦点が甘くなっていたのかなと気づきました。LPで聴く限りは十分名唄だと感じます。パツァークは評価が分かれるところですが、私はジェームズ・キングには勝てないけど独特のシニカルな歌い方で結構好きです。

この二人の歌唱については数日後のライブ録音の方が圧倒的に良いと思います。マイクが歌手寄りだということも影響しています。フェリアーの声はかなり発音も明瞭に聴こえる。パツァークも熱唱。第5楽章ではかなり目立つ出落ちがありますが、早口で帳尻を合わせるところ等流石オペラ慣れしているなと感心。ライブ盤は第1楽章冒頭こそ音質に不安がありますが、徐々に音質が良くなっていきます。楽章間の聴衆ノイズもしっかりと収められ、最後の静かな拍手も演奏に相応しい。当然古いモノラル録音ですが、当時の会場にいたかのような感覚に浸れます。

こちらはライブ録音の方です。

デットな録音なため声だけでなく木管楽器やビブラートや軽いポルタメントのかかったヴァイオリン群の音も明瞭。嗚呼、木管楽器の愛らしくいじらしい音色・・・マーラーの生への執着というか今世に生きる愉しみがまだある。最近の演奏はそこが物足りない。美しく演奏し過ぎて温もりが足りない。

インバルと都響の「大地の歌」。買おうとしたらAmazonミュージックで「告別」以外は聴けてしまうことに驚き!で聴いたのですが、上記理由でパスしました。同傾向ならベルティーニ盤があるのでもう十分。歌手陣もベルティーニ盤の方がいい。

ワルターには後年にニューヨーク・フィルともステレオ再録音をしておりそちらも素晴らしいのですが、やはりオーケストラの音に甘さが足りないことと、ワルターが冷静過ぎてウィーン盤の方が魅力的です。冷静沈着なイメージの晩年のワルターですが、この「大地の歌」1952年両盤では結構攻めの演奏だと思います。特にライブでは胸にグサッと突き刺さる低弦の音も引き出しています。一瞬何事かと思う位に唐突に。

ライブ録音を聴いてから、スタジオ録音を聴くとやはり録音が素晴らしく、歌手とオーケストラとのバランスがいいし、ミスが少ないためやはり名盤だなと感心。これこそ何度聴いても飽きないし。聴く度に発見のあるレコード芸術だなと。ライブ盤は何度も繰り返し聴くには相応しくないような気がしてきます。

こちらは正規スタジオ録音。やはりフェリアーの声が少し太いというかフォーカスが甘い気がします。

録音がいい方がやはりいいという方には、ベルティーニでしょうか。BOX販売しかないですが「大地の歌」と第3番と8番のために家に置いておいて損は無いです。押しなべて演奏が素晴らしいこの全集の難点は、日本でのライブ録音(大地の歌と第8番などは日本での来日ライブ録音)は音質がいいのに、本国でのスタジオ録音の音質の方が悪いという点だけです。

「告別」中間部オーケストラだけの部分の圧倒的な演奏と最後のトロンボーンの深い響きには圧倒されます。アルトのリポヴシェクが断然いい。「ewig・・・・」終わらないでほしいと。晩年のアバドも良かったですね。ゲルギエフ、ブーレーズはちょっと違うかな。

ギューデンとの第4番についても一緒に書きたいなと思いましたが、やはり長くなってしまったのでまたの機会に。

この廉価CD集は録音・演奏に瑕(1960年の大地の歌ライブでは欠落・音飛びあり)・凸凹がありますが、安いし第9と第4のために家に置いてあります。

posted by 悩めるクラヲタ人 at 21:17| マーラーの交響曲名盤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月05日

マーラー 交響曲第9番 バーンスタイン/イスラエルpo 1985年ライブ録音


マーラーの諦念の詰まった名曲、交響曲第9番です。この曲と初めて出会ったのは図書館で借りたカラヤン/ベルリン・フィルのLP(スタジオ録音のほう)。ジャケットの楽曲説明を見ながら聴きましたが、全く中学生には理解不能でした。

その後、時は流れワルターとウィーン・フィルの伝説のライブ録音を聴き、ようやくこの曲の持つ美しさの中にある絶望感と狂気を理解することができました。

テンポは速いがナチスに追われるワルターの切迫感が伝わってきます。

この曲の演奏には、客観的な演奏よりも感情をこめた演奏のほうが相応しいと私は思います。疲れますが。マーラーの死への慄きを音にして、五臓六腑に染み渡るような演奏でないと物足りない。ただ儚く眩い演奏にすることも可能ですが、この名曲の正鵠を射当てはいないと思います。

マーラー 交響曲第9番ニ長調
指揮:レナード・バーンスタイン
イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
1985年 ライブ録音
録音 4.15点  演奏  4.75点




発売されたときに伝説の来日ライブを思い出させる演奏としてかなり話題になりました。私は残念ながらチケット代が高く行けませんでした。このコンサートのCMで第2楽章のフレーズが流れていたのを今でも覚えています。今は言われなくなりましたが、「弦のイスラエル・フィル」という謳い文句がありましたね。この演奏を聴くと「なるほど」と思います。この弦の音は他の楽団では出せないなと。(当時の話)
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このCDが出るまでは、有名なアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団とのライブを聴いていました。今でもイスラエル盤、アムステルダム盤、一期一会のベルリン盤とどれを1位にするかで話題になりますが、私はベルリン盤はあまり好みません。録音の不満と演奏の傷が気になる。

アムステルダム盤は切って貼ったしているので完成度は高いが、イスラエル盤に感じる切迫感と浮世離れした感じが足りないという理由でイスラエル盤を支持します。録音はアムステルダム盤がいいです。初めての方にはそちらを薦めます。

ヘッツェル率いるウィーン・フィルといえども・・・でもチェロの音色はいいですね。

ライブ録音なので録音は混濁する部分もあり少し落ちますが、デッド気味なので私は好み。弦の切迫感がより伝わってきます。第4楽章などの絶唱は特に顕著。イスラエル・フィルにしか奏でることのできない、同じ血の流れた作曲家への想いがこもった刻み込むような音色。ただただ音の洪水に押し流され、圧倒されるのみです。切っても血の出ないような、寂莫たる響き。第3楽章の狂気も恐ろしい。音を楽しむ音楽ではないです。ただ聴いた後には深い感動に包まれます。

初心者向けの曲と演奏ではありません。客観的なシノーポリやM・T・トーマスの演奏で聴きこんでから、ワルターやこのバーンスタイン盤に進むのがいいでしょう。録音もいいですし。
録音 4.75点  演奏 4.5点

トーマス盤でSACDハイブリッドです。かなりゆっくりですが、美しくもたれない名演です。トーマスのマーラーでは「巨人」が一番いい。
・マーラー 交響曲第1番「巨人」 M・T・トーマス/サンフランシスコSo 2001年録音

最後に狂気の第3楽章を。

ワルター/ウィーンpoとの演奏はこちらの過去記事から↓
・マーラー 交響曲第9番 ワルター/ウィーン・フィル 1938年ライブ録音


録音が良くても小手先で、諦念のないジンマンとかは、聴くにもなりません。安かろうなんとか太郎だと私は思います。

posted by 悩めるクラヲタ人 at 12:56| Comment(0) | TrackBack(0) | マーラーの交響曲名盤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする