中高年の健康管理には「サントリー健康食品オンラインショップ」

2018年02月15日

ブルックナー 交響曲第2番 インバル/東京都交響楽団 2011年ライブ録音


今日はいい録音でブルックナーを聴きたいと思い、最新録音のブルックナーを。レーベルはエクストンなので音はいいのですが、SACDでないのが残念。ハイブリッドSACDで出すことが多いのに、何故かこの録音は通常のCDのみでの発売。そこが不満ではありますが、十分優れた録音です。

0000018334.jpg
インバルと東京都交響楽団のCDは演奏だけでなく録音も軒並み優れており、レコード芸術だけでなくHMVやAMAZONのレビューでもかなり高評価です。ショスタコーヴィチ・マーラー・ベートーヴェン、そしてブルックナーも。前にショスタコーヴィチを取り上げましたが、それ程インバルのCDが棚に並んでいるわけではありません。全て聴いてみたいのが正直なところですが、国内盤なので高くておいそれとは。

ブルックナー 交響曲第2番 ハ短調
指揮:エリアフ・インバル
東京都交響楽団
2011年 ライブ録音
録音  4.65点   演奏  4.55点


e-onkyoで他のブルックナーやマーラーの演奏がハイレゾ音源が配信されてます。なにげにハイブリッドSACDよりも安い場合があり、しかもいい音。


素直に優れた演奏だなと思います。普通ブルックナーを聴くときには、初期の交響曲と言えども身構えるものですが、さざ波が始まった瞬間に美しい演奏で曲だと感じさせてくれます。東京都交響楽団も本当にレベルが高く、綺麗な音色を奏でています。混じり気の無い純度の高いブルックナーの演奏。

朝比奈・ヴァントなどのブルックナーとは全く方向性が違います。あちらは聴後にずっしりとした後味が残り屈服させられますが、インバルのこの演奏は違います。不思議な爽快感が残ります。通常ブルックナー・ファンが求めているオルガンのような響きはインバル盤にはありません。ただ各パートをしっかりと鳴らしインテンポ(微妙な揺らしは当然あります)でブルックナーを堪能させてくれる点ではヴァント・朝比奈と同じなのですが。


若い頃のジュリーニの演奏。悪くない演奏です。

インバルの名前はフランクフルト放送交響楽団とのマーラー及びブルックナー全集で有名になりました。レコード芸術の名盤500では当時必ずマーラーとブルックナーのベスト3に入っていた位絶賛されていたのが懐かしい。ブルックナーの場合、第1稿使用の優れた全集ということでも高い功績を残しました。ワンポイント録音での名録音でも有名。

当時の私には演奏・録音ともそれほどかな?と思っていたので、徐々に忘れ去られて今に至るのはちょっと予想してましたが、ここまでひどいとは思いませんでした。あの時絶賛していた評論家はどこにいるのでしょうか。




東京都交響楽団との演奏はあの時と全く違うものです。徹底したリハーサルで音を練り上げる基本姿勢は変わっていないのでしょうが、求める音のベクトルがどの作曲家に対しても不変になったような気がします。普通はマーラーを演奏する時、ブルックナーを演奏する時で姿勢・音色・表情付けを変えるものですが、ショスタコーヴィチと比べても変化がない。このブルックナーの第1楽章や第2楽章をつまんで聴くと、時々「これはブルックナーの音楽だろうか?」という瞬間に出会います。


昔この第3楽章のコーダはカセットテープのアクシアのCDで使われていた記憶があるのですが。記憶違いかな。

ヴァントのブルックナー演奏を美術で例えるなら、大きな木の塊を小さい彫刻刀で細部に拘って一つの作品を作り上げる。しかしここぞという部分には大きな刃でぐっと彫りを入れる力強い部分がある。その作品は見るものに有無を言わせぬ厳格さと存在感を与える。

インバルの演奏は綺麗な純白の大きなキャンバスに細い筆で点描画を描いていく。細部に拘る部分は同じなのですが、太い筆を一切使わずひたすら様様な色を重ね合わせながら細い筆で点描していくイメージ。全体としてみるとスケールな大きな作品に仕上がっている。ただ触れると壊れてしまいそうな繊細さがあります。


最後は「ダン!」と行きますよね。ヨッフム旧盤の第4楽章。

第4楽章の最後の和音が特に印象に残ります。最後の3つの和音のところだけかなりテンポを落として演奏しているのですが、普通はテンポを落とすなら思いっきり力強く鳴らすところを最後の和音は少し力を抜いた余裕を持った和音で曲を締めくくります。芯はしっかりしているのですが周りは綿毛に覆われているような和音とでも言いましょうか。なので、タンポポの綿毛を「ふっ」飛ばしたかのような残響が録音されています。

世界的にこの演奏が評価されるのかはわかりませんが、フランクフルト放送soとの演奏とは違う不思議な魅力を持ったブルックナーです。聴いた後にこれほど清々しい気持ちになれるブルックナーは珍しいと思います。日本のオーケストラとインバルが残したこの優れた演奏と録音はしばらくの間カタログに残って欲しいものです。しかしひたすら愉しく美しい瞬間が多い演奏で録音だこと。
ラベル:優秀録音
posted by 悩めるクラヲタ人 at 19:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ブルックナーの交響曲名盤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月19日

ブルックナー 交響曲第8番 クナッパーツブッシュ/ミュンヘン・フィル 1963年スタジオ録音とライブ録音


若いクラシックファンの方にはもうクナッパーツブッシュを知らないという方も多いでしょう。wikiで見てわかるように、超個性派の怪物指揮者です。

「クナッパーツブッシュは聴衆を、その解釈で魔術師のように虜にしたが、自分にそれが終わってしまえば、有無を言わさず刎ねつけるような身振りや口ごもった言葉で、魔法を破ってしまった。ある時「五番」の演奏が終わったところで、水を打ったような感動に沈む会場に、数秒後、ぶっきらぼうな唸り声が聞こえた、「おしまい!」」
なんて、面白いエピソードも数知れず。しかしツボにはまると(ワーグナー・ブルックナー)、他の追随を許しません。

ブルックナー 交響曲第8番
指揮:ハンス・クナッパーツブッシュ
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
19
63年1月のスタジオの録音
録音 4.00点 演奏 4.50点



昔から名盤の誉れ高い演奏ですが、さまよえるレーベル ウエストミンスターが録音したため、カタログから消えることがしばしば。昨年タワーレコードが、マニアの中で一番評価の高い日本ビクター盤を24bitリマスターして廉価で復活。前はユニバーサルからでていましたが、少し化粧し過ぎたリマスタリングに賛否両論。比べてみると、やはりビクター盤の方がデッドなマスターの味が出ていて好ましく感じます。

今でもタワーレコードさんが独自企画でリマスターして安定供給してくれています。これはビクター盤のオリジナルマスター使用、ハイビットサンプリングで素晴らしい復刻。
ブルックナー: 交響曲第8番(新規リマスター); <特別収録>ベートーヴェン: 《フィデリオ》序曲, 《レオノーレ》序曲第3番<タワーレコード限定>


遅すぎると言われていたクナッパーツブッシュのテンポも、朝比奈・チェリビダッケを聴いた今の耳にはそんなに遅く思わないのではないでしょうか。彼らと違いオーケストラを自然に歌わせているため、逆に粘っこい印象を与えません。凄いfffもありますが力づく感はないですし、呼吸が深い演奏です。
第3楽章だけは少し流れが悪くもたつく感じがありますが、弛緩はしていない。

この時期のミュンヘン・フィルは、まだドイツのローカル・オーケストラという響き。チェリビダッケが磨き上げたオーケストラと同じオーケストラとは思えません。リマスターのおかげで、古色蒼然とした風情が高まりました。(あらも見えやすくなりましたが)世界的にオーケストラの技術力は上がりましたが、楽団独自のカラーが無くなってしまったのは淋しい限りです。

20170504044109116.jpg
懐かしいLPのジャケット!このCD(正しくはLP)は、私がブルックナーの第8番を理解すると同時にブルックナーを理解する大きなきっかけとなったものです。この演奏を知った時にはすでに廃盤状態。中学時代に愛知県内の中古LP屋を探し回って、やっと出会えた時の喜びは一入でした。

ゴツゴツとした響きで、朴訥に演奏されていますが、何とも味わい深くスケールの大きな演奏です。ヴァントのような凝縮された厳しい厳粛な演奏を聴く前に聴いておくべき古典です。ブルックナー理解にヴァントの演奏は少し敷居が高いと思います。


長身痩躯の身体全体での凄い指揮ぶり。テンポなんて刻んでないですね。

伝説的な名盤 1962年のパルジファル。
SACD化されるみたいですが「SACDの長時間収録を生かし、各幕を1枚にして3枚に!」。騙されてはいけません。シングルレイヤーならDSDのまま全幕を1枚に収めることができます。



この演奏は、現代のブルックナーになれた耳にはびっくりすることも多い演奏です。ブルックナーの演奏になると楽譜の使用版の問題が出てきますが、この演奏はノヴァーク版でもハース版でもなく、改訂版と言われる大きく手を入れられた版を使用しています。テンポや強弱指定にも違いが多いですが、特に目立つのは第1楽章最後のトランペットのファンファーレがffでなくmpで演奏されること、第4楽章に一部カットがあること、終曲部分が(トッティでタターータータタタターと演奏される部分)ffでなくmfでスタートし徐々に音量を上げていくところでしょうか。

交響曲第4番や9番は編曲?というほど手が入っていますが、第8番はそこまでなので鑑賞に支障はありません。どちらかというと、この録音での問題は第4楽章の一部分で明らかにテープの継ぎ接ぎミスがマスターテープにあること位。かなりはっきりわかります。

ちなみに終曲最後の3つの和音(タタター)を、クナッパーツブッシュはダン・ダン・ダンと切って演奏していますが、これは改訂版の指定ではなく彼独特の解釈です。下の1962年とのウィーン・フィルとのライブ録音までは雪崩込むようにタタタッ!と演奏しています。


このスタジオ録音の直近に同じ顔触れのライブ録音があります。このライブでは、スタジオ録音と同じように最後の音をしっかり切ってます。どのように指揮棒を振ったのだろう?普通は最初のタで一回振り下ろし、棒があがって次のタ、再度振り下ろしてターなので2回ですから。どう考えても3回に振り分けていないと揃わないだろうと思われる切り方。

で、ライブ盤の演奏内容ですが、録音さえ良ければ、第3楽章含めて全体的な流れもよくスタジオ録音を越えたであろう演奏記録です。

ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
19
61月1月24日のライブ録音
録音 3.60点 演奏 4.65点


AMAZON は珍しく高い。タワーレコードだと2116円で買えます。
クナッパーツブッシュ ライブ録音集 Bruckner: Symphony No.3-No.5, No.7-No.9


私ごときが云々書くより、有名な新聞批評がありますので抜粋。
批評 ヴァルター・パノフスキー
「八番の解釈が、今回ほどこれまでの演奏と大きく異なったと思われたことはなかった。彼はこの作品を全く新たに洞察し、心に受けとめたのだろう。巨大な石造りのこの作品の荘厳な不協和音の尖角を、これほど鋭く切り出したことはなかった。これほど厳しくリズムを前進させたことはなかった」(1963年1月23、24日のコンサート)

最後の音が鳴り終わり、少し間がありパラパラと拍手が。しかし、一旦拍手は弱まる。呆気に取られていた他の観衆も夢が覚めたかのように拍手をはじめ、ようやく満場喝采となる部分まで録音がしっかり残っています。これが本当に感動的。

昔から海賊盤があり、KINGレコードから正規に発売もされましたが、冴えない音質で有名でした。その後、ドリームライフ社が放送局マスターを発掘しモノラルながら当時のライブとしては見事な音質で復刻。残念ながらドリームライフのCDは廃盤でAMAZON・ヤフオクでも高値状態ですが、廉価海賊レーベル メモリーズが同等の音質でおまけ付きで廉価再発してくれています。

昔はクナッパーツブッシュの録音を入手するのに本当に苦労しましたが、今はいい時代です。タワーレコードさん、メモリーズ、そしてveniasレーベルには足を向けて寝れない。

veniasのニーベルングの指環BOX。1956年から1958年のリングをまとめて、廉価で良質な音質で聴けるとは。昔、ゴールデンメロドラムだと単年で15000円はしてましたから。

両音源ともに最初に述べた理由により、またいつ入手不可能になるかわかりません。タワーレコードさんもなぜか最近はSACDにばかりご熱心になり過ぎていますし不安。

この両CDはブルックナー、そしてクラヲタへの入り口になるきっかけの良いCDです。(他のクナの演奏を聴きたくなります)
タワーレコードさんならハイビットサンプリングされたパルジファルも3086円で買える。Vol.2です。
“VINTAGE COLLECTION +plus”特別編 没後50年「ハンス・クナッパーツブッシュの芸術」Vol.1
VINTAGE COLLECTION+plus特別編〜没後50年ハンス・クナッパーツブッシュの芸術Vol.2
タワーさん、廃盤にしないで下さい!

技術が劣っていても、アンサンブルが揃っていなくても、名演奏を成し得ることができる。あらためて芸術とは人の手によって為されるものであることも、再確認できる演奏です。ミスがあるのも人間が行うことだから当たり前。今の時代、奏者も聴き手もアンサンブルに目が行きすぎではないの?もっと大事なこと忘れてない?と問いかけてくるような演奏・記録です。


posted by 悩めるクラヲタ人 at 08:30| Comment(0) | ブルックナーの交響曲名盤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月11日

ブルックナー 交響曲第9番 ヴァント/ベルリン・ドイツ交響楽団 1993年ライブ


ギュンター・ヴァントのブルックナーの第9番の録音は非常に多数残されています。ケルン放送交響楽団との全集から北ドイツ放送交響楽団との複数録音・DVD、そしてミュンヘンpoとのライブ、そして名盤の地位をようやくシューリヒトから引きずり下ろした?ベルリンpoとのライブ録音まで、朝比奈隆並みに残されています。
que-14153067104.jpg
その中で一番個人的に凄いと思わされるのはまだヴァントが精力的に元気だった1993年のベルリン・ドイツ交響楽団とのライブ録音です。ベルリンのコンツェルトハウスでの演奏で会場・録音のせいもあり晩年の崇高さには少し欠けるものの、それを超える直接的な迫力が魅力です。丁度ケルン放送交響楽団のキツさと晩年の崇高さへつながる過渡期の演奏で、同日に演奏されたシューベルトの「未完成」も「うぅぅ」とスピーカーの前で圧倒される壮絶な音の連鎖です。

ブルックナー 交響曲第9番ニ短調
シューベルト 交響曲第8番ロ短調「未完成」
指揮:ギュンター・ヴァント
ベルリン・ドイツ交響楽団
1993年3月20日 ライブ録音
録音 4.35点  演奏 4.70点



ブルックナーは冒頭のブルックナー開始の和音から緊張感が尋常ではない。ピリッと張りつめた緊張感が一気に漂います。その後第1主題が提示され「これは・・・」という理想的を超える圧倒的な流れと音圧。ティンパニのキレが後年の演奏に比べ圧倒的にいい。アクセントがこれでしっかりとついて、屹立とそびえたつような第1主題が目の前に聳え立つ。その後は変えた空気・緊張感がそのまま維持されて途切れることが無い。

この日のベルリン・ドイツ交響楽団はヴァントを無視して演奏しているのかと思う程の鳴りと暴れっぷり。金管も勢いよく鳴り切り、ティンパニが飛び出してくる。第1楽章後半に普段は聴こえない弦楽器の波に応えるホルンの合いの手(楽譜指定はpp)もmfでしっかりと聴こえる。他の指揮者が何故この魅力的な合いの手を強めに演奏しないのかと思っていたのですが、これは理想的。徐々に第1楽章のクライマックスに照準を合わせていくように緻密に計算されていますが、このいい意味での暴れがあるせいでヴァントも熱くなるのだなと同曲異盤の中でも圧倒的に人間味を感じる演奏です。抑えきれないほどの緊張感がピンと張ったままでの圧倒的なクライマックスで、「もうこの楽章だけで未完成だったとしても・・・」と思わせる締めくくり。

でも第2楽章へ進む。その勢いは増すばかり。未解決な雰囲気を醸し出すフルートの音色の上を、弦楽器のピチカートが強めに躍る。序奏が終わり一瞬音が止まったと思うと・・・「ダ・ダ・ダンダンダン・ダンダンダン」を前のめりのテンポで轟然と鳴らせ切る。ここでもティンパニは同演異盤を超えた迫力と気迫。正直、ホールトーンを少し多めに録ったオフ気味な録音にもかかわらず、ティンパニの音がかなり鮮明に前にせせり出てくる。思い切りよくまた自信に満ちたバチ捌き。

この第2楽章はシューリヒトのウィーンpoの音色を生かした名盤もやはり捨てがたいものの、このベルリン・ドイツ交響楽団のドイツ的分厚さと迫力のある音はそれを超える。主題のように3拍目がリズムの頭に来る変則的な3拍子のスケルツォですが、その意味がこちらの演奏の方がよく理解できる。初めてこの交響曲の第2楽章を聴いた時に、第8番までのスケルツォと何か違う雰囲気を感じていた近寄りがたさを思い出させてくれる演奏です。迫力だけでなく中間部の軽快さも忘れない。

第3楽章に至ってはシューベルトではないですが「この楽章以後に書くべき楽章・楽想は無いのでは」と思う程の集中力と凝縮力。故宇野功芳氏が評論で「言葉が足りない」と書いていましたが、ここまでくると確かにそうですね。芥川龍之介位の語彙力が無いと表現できない。テンポは遅めですが説得力があり妥当、ここぞという時には圧倒的な音圧による迫力、一転オフな録音が相まって弦楽器と管楽器(特にフルート)が会場に浮遊して静謐な空気を漂わす・・・空気が変転し過ぎて言葉が追いつかないのです。

会場の空気は凍りついたまま。後年の何か拝み聴くのとは違って、まだ続くのかこの音楽・・・とひれ伏す位に息を呑んでしまう緊張感が伝わってきます。厳しいリハーサルの賜物ですが、決してリハーサル通りではなく、そこに魂を入れ込んだ結果がこの名演を生んだ。音楽はやはり生き物。

時に時が止まるかのように嘆くように歌い、時に柔かく躍るヴァイオリン、荘厳な響きの低弦楽器が常に音楽を支えつつ後半のカタストロフィに進む。徐々にトロンボーンが呻き始める・・・その頂点は破滅的なオーケストラの乾坤一擲の鳴りっぷりですが、ティンパニのフライング気味な叩きや金管の残り音(要はほんの僅かな止め遅れ)まで音楽的に聴こえる。

その後はその熱を天国的に締めくくるのですが、聴いているこちらにとっては無理がある。今までの音の連鎖が頭から離れないまま弦楽器の宥めるような響きと寂しい木管楽器の音色、そして最後のホルン。でも後年のヴァントの表現と違って天国へのノックでは無い。明確に会場の空気に音を刻んで終わるような感じ。もう一度聴こうとは思えない。しばし閉口。余韻を楽しみたいというか振り返って整理して落ち着く時間が欲しいと思う演奏です。

そして当日のシューベルトも同じ論法で壮絶を極める。ヴァントは第9番もよく演奏します。両曲とも晩年まで演奏していましたが、いつも軽快なテンポで演奏していた「グレート」に対し、「未完成」の場合はどんどん深化していきました。一体どちらが第9番に相応しいのかわからなくなる演奏。死を前にして未完成に終わったのは、第8番のこちらではないのだろうかと思わせる。

2001年の演奏。この演奏が大人しく聴こえる。素晴らしいのですが、世界観が同じ指揮者で年月によってこうも変わるものなのかと。

この日の「未完成」は深化に進む前の厳しい切り口の残るヴァント。ベートーヴェンの後継、ブラームスへのつなぎという位置づけでは無く、ブルックナーと同列の基準でこの曲に対峙するとこうなりますという演奏です。粗挽き辛口、「美しい旋律で有名なクラシック入門の名曲です」とこの演奏を聴かされたら信じられないでしょう。死の淵にあるシューベルトが地を這って、生きたい、続きの旋律を譜面に残したい・・・が出来ない・・・ともがき苦しんでいるよう。終始低弦の響きが深いのがその一因。

こんな音を出せるオーケストラがまだ存在していたんだ、フルトヴェングラーがリハーサルで出したかったのはこういう音だったのではと思う。

さて、現実に戻るとしましょう。BOXがお薦めですが、分売は下記から。


ギュンター・ヴァントの最後の来日公演は2000年北ドイツ放送交響楽団とシューベルトの「未完成」とブルックナーの交響曲第9番という演奏プログラムでした。映像記録も残っており未だに語り草になっている演奏会の一つです。至純・至高・透徹という言葉が似合う天国へのドアをノックするような遺言的な演奏です。

NHKでも放送されていました。その2年前1998年には同じプログラムをベルリンpoでも演奏しており、そちらもBSで放送、SACDでも発売され名盤の誉れが高い1枚です。


posted by 悩めるクラヲタ人 at 21:43| Comment(0) | ブルックナーの交響曲名盤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする