タイトルを見て少し「えっ」と思った人は通です。今のピアニストは猫も杓子も使用ピアノのメーカーはスタンウェイです。誰が弾いてもそれなりに綺麗な音が鳴るという点と大ホールにも音が通るという点では確かに今の時代に合うピアノです。タイトルにあるベヒシュタインは、リストやドビュッシーなどに絶賛されたピアノメーカーです。今使用している人は少ない。
往年の名ピアニストは結構違うピアノを使用していました。晩年のグールドは改造したヤマハのピアノを使用していたのは有名な話。バックハウスはベーゼンドルファーのピアノを愛奏していました。ウィーン製の木にこだわったピアノで、ウィーンpoの響きと溶け合う。そのバックハウスが亡くなる3か月前のリサイタルで、珍しくベヒシュタインのピアノを使用した記録があります。
ベートーヴェン ピアノソナタ第15番「田園」・第18番
ピアノソナタ第21番「ワルトシュタイン」
ピアノソナタ第30番
ピアノ:ヴィルヘルム・バックハウス
1969年 ベルリン・フィルハーモニーでのライブ
録音 4.10点 演奏 4.50点
※立派なステレオ放送音源です
プログラムはえっ3大ソナタないの?と思われる方もいるかもしれませんが、通好みのいいプログラム。「月光」よりも情緒豊かでスケールが少し大きい第15番、ソナチネながら小気味いい第18番、「熱情」程のドラマは無いが凝縮されて振幅の激しい「ワルトシュタイン」。ベートーヴェンの裏3大ピアノソナタです。そして晩年の30番。テンポの良さと構成力がしっかりしたプログラミングです。
ケンプの「田園」。
これらの曲はDECCAでステレオ録音されていますので、ベーゼンドルファーを弾いた演奏と比較できます。最晩年のライブなのでテクニック的には綻びが目立ちますがそこには目をつむって、音の違いを少し。マニアックな内容です。フィルハーモニーという広い会場でのコンサートだったのでベヒシュタインを使用したのかもしれません。
解釈は大きく違いません。ただ印象はちょっと違い、スタジオ録音では少し物足りない18番はライブというかベヒシュタインが良く、15番と21番はスタジオ録音というよりベーゼンドルファーの方がいい。第30番は一長一短。
バックハウス。さて、ベーゼンドルファーかベヒシュタインか?
ピアノが違うと何が違うの?と思う方もいるでしょうが、使用している材質が違ったり音を出す仕組みがそれぞれ違います。詳細を書くと長くなるのでウィキペディアで調べてください(笑)個人的な感覚ですが、ベヒシュタインはあまり筐体が響かないようにし、低音から高音に至るまで倍音が少な目な印象。ベーゼンドルファーに比べ明晰ですが、響きと倍音が少な目な分ダイナミックレンジが少しだけ狭く感じる。
しかし、低音から高音まで音のむらが無く1音1音が明確に聴こえる。ドビュッシーが評価したのはそういう点です。このライブの演奏ではスタジオ録音ではごつごつと聴こえるバックハウスの左手の指捌きが聴こえやすい。音の分離が良く、第18番は響きすぎないため、こちらの方が曲の性格に合ってます。
ベーゼンドルファーのバックハウス入門に。LPの音はもっと高音域が伸びている。
一方ベーゼンドルファーは木製の筐体を響かせる。中低音は基音近くの倍音が多く少しこもり気味の音にも聞こえますが腹に響く中低音になる。逆に高音は音の芯が明確でありながらも澄み渡ってたなびいていくような倍音が印象に残る。下手な人が弾くとその響きをコントロールできずにぼわんぼわんの音になりますが、バックハウスはこの美点を上手く使いこなしていました。特に高音は弾んで転がるような音に仕上げています。バックハウスの美点はしっかりと左手を混濁しないように響かせたベースの上に、ピアノの音とは思えない突き抜けるけども決して刺さらない虹色の光彩を放つ高音域です。
アラウの「ワルトシュタイン」です。王道。ちなみに使用ピアノはスタンウェイ。
高低差の激しい曲の性格上、「田園」と「ワルトシュタイン」はベーゼンドルファーの方がいい。ライブの演奏では「あぁピアノを叩いているな」という感じがしますが、スタジオ録音ではピアノの存在を一瞬忘れるような響きがします。スタジオの特性と録音の差も多少あるでしょうが、何回聴いても違うなぁやっぱりバックハウスはベーゼンが似合うと思ってしまう。
このコンサートの演奏はベヒシュタインを使用しているが故にバックハウスのタッチ(ミスタッチさえも)が、スタジオ録音よりもしっかり聞き取れるのは嬉しい。やはり超一流のベートーヴェン弾きです。今日何度聴いても飽きませんでした。
今はモノラルですが、フランスの名ピアニスト イヴ・ナットのベートーヴェンを聴いています。これもまた一家言と一味ある演奏で・・・いずれまた。
こちらは独特の語り口で聴かせる演奏。ここまでくると完全なヲタクになります。


