2026年05月24日

若きキーシンの名盤 プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番+3番 アバド/ベルリンpo


プロコフィエフやラフマニノフ、そしてバルトークのピアノ協奏曲を聴くと、「弾ける作曲家だったのだなぁ」としみじみ思います。特にプロコフィエフやバルトークはオーケストレーションも上手いのでピアノの音がオーケストラの音に埋もれないように曲が作られています。スコアを見たわけではないのですが、ピアノが屹立し過ぎず、オーケストラと上手く調和します。

ラフマニノフばかりが人気ですが、プロコフィエフのピアノ協奏曲はもっと演奏されても良いと思います。アルゲリッチは今でも第1番と第3番はレパートリーに入れています。2番と4番は正直良い作品とは思いませんので、その選択は正しい。ユジャ・ワンは4番を録音しましたが、ユジャ・ワンで聴いてもやはり面白くない。ラフマニノフも第4番は?ですね。ここでは正統派のキーシンで。
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お辞儀は相変わらずですが、本当にかっこよくなりましたね。

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第1番変ニ長調
        ピアノ協奏曲第3番ハ長調
ピアノ:エフゲニー・キーシン
指揮:クラウディオ・アバド
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1993年録音(3番のみライブ)

AMAZON→ キーシン アバド プロコフィエフ
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非常にスタンダードで過不足ない名演のCDです。アルゲリッチのように楽譜に飛びかかるようなこともなく、冷静沈着でそして純粋に楽譜を音化させていて、音楽的なセンスが抜群。こう来るだろうと予想していてもその少し上を行く音を出してくるのがキーシンの特徴と言えるのかもしれません。このCDを聴くまでプロコフィエフの第1番はあまり知らない曲でしたが、好きなピアノ協奏曲の一つになりました。




第1番は同じ旋律を変奏させていくような形でフランクが好んだ循環形式的な曲です。少し当時としては前衛的な作風で無調的な部分もあります。演奏時間約15分で一応3楽章構成ですが、単一楽章的な楽曲に感じます。通常第2楽章は緩徐楽章的になることが多いのですが、旋律が発展してクライマックスを築くところはブルックナー的な要素も感じます。(第3番も同じ)ピアノのソロイスティックな効果と見事なオーケストレーションで短いながらぎゅっと豪宿された感じがします。



第3番はそれを少し拡張した感じ。こちらも演奏が25分程度と丁度いい。さらにプロコフィエフの成熟度が増し、郷愁的なフレーズとその効果を上げる楽器の選択が絶妙です。高度な技術が求められるピアノに耳が行きがちですが、実は木管楽器と打楽器の使い方が巧みに計算されていると思います。リズミックでありながら、懐かしい旋律とプロコフィエフ特有の金属的な不協和音が見事に融合している名作です。


ユジャ・ワンのライブ。CDよりも断然いい。アバドとのライブはDVDで出ています。

キーシンとアバドは両曲の特徴を見事に掴んだ演奏を繰り広げています。決してアクロバティックな面だけを強調することなく、ベルリンpoとピアノが一体となって壮大な音を作り上げてくれています。




しかしアバドのこういう合わせ物の上手さとベルリンpoの各セクションの巧さは本当に見事の一言。アバドとベルリンpoの残したCDの中でも上位に上げてもいい演奏です。ここではこのセクションがという場面で、遥かにこちらの想像を超える音を響かせます。不協和音ですら協和音に聴こえるようなアンサンブルの良さ。
キーシンのピアノは本当に不思議で強打しても不快な音にならない。常に折り目正しいというか、音楽的な音色です。その分アルゲリッチのような踏み外しが無いのが不満という方もいるかもしれませんが、何度聴いても飽きない・耳に心地よい(プロコフィエフでさえも!)というのはレコード芸術としては正しいと思います。そしていつもこのパターンなのに常識的な演奏かというとそうではないのが不思議。

良く聴くと要所ではぺダリングを上手く使っているのか、軽くエッジがついているのがわかります。よく楽譜を読み込んで練習した上で、練られているけど模範的な演奏なのだなと教えてくれます。テクニックもしっかりしておりミスもなく、本当に音楽的センスがいいとしか思えない、というかセンスの塊ですね、彼は。

このCDの聴きものは壮大な第3楽章ではなく、素朴に始まり徐々に盛り上がる第2楽章。特に第3番の第2楽章は素晴らしい。儚い音から暴力的なクライマックスへのビックバンからスッと表情を戻す両者の巧みさには舌を巻きます。




録音も優秀でピアノとオーケストラのバランスが素晴らしい。少し分離が良すぎて如何にもマルチマイク的な録音でもありますが、プロコフィエフのこの両曲には合っている録音方式です。

このCDは曲も録音方式もダイナミックレンジが広いため、オーディオ機器を変えるとすぐに聴きたくなるCDの一つです。特に第3番の第3楽章。木管と低弦をどのような音色をスピーカーが鳴らしてくれるか、そして音数が多いコーダの部分を如何にピアノとオーケストラを分解能高く聴かせてくれるか、かなり違いが鮮明に出ます。

もうこのCDが録音されて、そして巡り合って20年以上経つのかと妙な感慨一入。大学時代だったな。このCDに関しては浮気も買い直しもしていません。この演奏こそSACD化されてほしいと願います。キーシンはさらに進化していると思いますが・・・(3番はアシュケナージの伴奏で再録していますが、あまり伴奏に期待できないので未聴です)

※現在、本サイトは下記に引っ越ししております。
 Word Press版 クラシック音楽 名曲・名盤探して三千枚
ラベル:優秀録音
posted by 悩めるクラヲタ人 at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 協奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年05月16日

モーツァルト ピアノ協奏曲23番&27番 カーゾン&セル/ウィーンpo 1964年録音


イギリスの往年の名ピアニスト クリフォード・カーゾン。私としてはクナッパーツブッシュとベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番と5番、あとブラームスのピアノ協奏曲第2番を録音したピアニストとしての印象しかありません。その演奏もクナの伴奏ともどもあまりという感じです。ただ、一部の方には根強い人気があるピアニストです。
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カーゾンのCDを聴いてみるかと思ったのは、中野雄さんが著書でこのモーツァルトのCDを絶賛していたためです。個人的にではありますが、モーツァルトのピアノ協奏曲第23番と第27番のCDは中々満足する演奏が無い。27番はそもそも曲が少し苦手でもあります。愉悦感がもう薄れていて聴くのが辛いと感じることも。そこでそこまで褒めてあるなら聴いてみようかと。

モーツァルト ピアノ協奏曲23番イ長調
       ピアノ協奏曲第27番変ロ長調
ピアノ:クリフォード・カーゾン
指揮:ジョージ・セル
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1964年録音
AMAZON→ カーゾン DECCA録音BOX

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輸入BOXで中古で買いました。国内盤と音質は「雲泥の差」があるとのこと。真偽は聴き比べていないので不明です。タワーレコードさんはリマスタリングして単売しているみたいです。

結果は上々でした。意外に良かったのは録音とセルの伴奏。ウィーンpoはセルが嫌いだったそうですが、この頃のウィーンpoにありがちな雑さが無い。よくセルに締められています。また録音も少しオーケストラ寄りで当時のウィーンpoの魅力を堪能できます。カーゾンのピアノと合っているかと言えば少し祖語があるような気もしますが。元気ではつらつとし過ぎるきらいが若干ある。カーゾンのピアノは純粋素朴で無垢ですから。

第23番は今まではハイドシェックとヴァンデルノート/パリ音楽院管弦楽団のCDが好きな演奏でしたが、今聴くと録音がぼやけ気味、パリ音楽院管弦楽団の音色も捨てがたいのですがアンサンブルの雑さが目立つ。ハイドシェックのピアノは愉悦感とファンタジー満載でいいのですが録音が捉え切れていない。

この曲の伴奏には木管楽器がよく聴こえ、かつ音色に温もりが欲しいと感じていましたので、このセルの伴奏は十分満足。録音も鮮明ですし。カーゾンのピアノは、何もしていないように忠実で誠実。でも玉のように転がるような音、弱く演奏しがちで聴こえなくなる部分も明確。第3楽章コーダは特に満足。第2楽想の淡々と演奏しながら沈み込むような演奏はいいですね。正直このような演奏だろうなという予想通りではありましたが、満足させてくれました。

ケルテスとの後年の録音。伴奏とともどもちょっと丁寧に過ぎるかと。



物足りないのはハイドシェックにある「おっ」と思うような驚きが無い。それはカーゾンには無いものねだりというところですかね。特に第3楽章はもう少し跳ねてもとか溜めたりテンポや音色を変化させてもと思います。でも意外とそれをすると全体のバランスが崩れ逆に愉悦感が薄れてしまうのがこの曲のCDに多い。バレンボイムの新盤のようにダイナミック過ぎても意外と駄目だったし、これが模範解答なのかもしれません。

第27番はバレンボイムとイギリス室内管弦楽団、不滅の名盤と言われるバックハウスとベームの録音が有名。前者はまずまずかなと思うけど中々手が伸びない、後者はステレオ初期の録音が不満なのと演奏も正直それほどかなと思って手が伸びない。よくカップリングされる同コンビのブラームスのピアノ協奏曲第2番は名録音の名演だと思います。

透明で純白に演奏されると辛いと最初に書いたのですが、このカーゾンの演奏を聴いてこれなら聴き続けることができると。セルの伴奏が神妙に過ぎないのがいいし、カーゾンも他のピアノ協奏曲と同じように淡々と弾いていくので暗さが無い。まだモーツァルトの愉悦感の残香がある。特に第1楽章の中間部でヴァイオリンが湧き上がるような旋律で掛け合う部分はこうでなくてはという程明確に強く弾いてくれるセルの潔さ。カーゾンも繊細になりすぎず曲の良さをそのまま提示してくれる。

第2楽章も同じスタンス。自然に純白の美しい響きが浮き立つ。暗さが垣間見えますが、生々しい美しさ・音色美の方が勝る。ウィーンpoと名プロデューサー カルショーなどの録音陣の腕が冴える。これだけ音の少ない楽章だからこそ、飽きさせることなく曲の良さを部屋に届けようという気概と矜持を感じます。カーゾンの下手に溜めを作ったりしないストレートな指運びも素晴らしい。

これは後年のクーベリックとの演奏。これもいい演奏ですね。

第3楽章になるとセルとカーゾンが少し跳ねる。これはいい。まだ前に進もうとするモーツァルトの音がします。カーゾンもタッチをスッと切る感じがあるので音楽に緩みが無い。セルの伴奏は相変わらず歯切れがいい。クリーブランド管弦楽団だったらもう少しドライになりすぎていたでしょうが、セルに反抗するようなウィーンpoの自分たちの音を出してやるという軽い反抗もあるようなところがいい隠し味に。木管楽器がやはり効いている。暗くない常に明るい。

この録音は2003年までカーゾンの意思によりお蔵入りになっていた音源だったそうです。解説によると遺族の方のOKが出て陽の目を見たとのこと。不満足だったのかその後に同じDECCAにケルテスやブリテンとも再録音しています。

再録音は聴いてませんが、録音バランスに問題があるようなレビューを見ますし、この演奏・録音で十分なので買う気はありません。カーゾンというピアニストを見直すきっかけとなるCDではありましたが、お気に入りのピアニストにはならなかったのが正直なところ。録音と伴奏と曲の相性が絶妙にあったのだろうなと思うCDでした。

カーゾンのCDにも爆演があります。クナッパーツブッシュとのブラームスのピアノ協奏曲第2番のライブ録音。ミスタッチだらけだし、叩きつけるようなピアノ、加えてORFEOの悪名高きリマスタリングでした。そっちの録音の方がお蔵入りにすべき演奏に思えます。

たまには評論家に騙されてみるものです。いいCDに出会えました。これで内田光子の新盤(これも本来の内田さんならもっと・・・)とバレンボイムのCDとはお別れしても良いという気持ちになりました。ハイドシェックはやはりかろうじて残そうかな。伴奏指揮者は何故クリュイタンスにしなかったのだろう??ヴァンデルノートも悪くはないのですが、もう少しはオケが締まっただろうに。
posted by 悩めるクラヲタ人 at 18:48| 協奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年04月19日

ロドリーゴ アランフェス協奏曲 山下和仁&J・F・パイヤール/パイヤール室内管弦楽団 1986年録音


アランフェス協奏曲は村治佳織さんの録音を好んで聴いていました。しかし、ギタリストで一番好きな演奏家を挙げよと言われたら「山下和仁」と即答します。若かりし頃は圧倒的な技巧でムソルグスキーの「展覧会の絵」やストラヴィンスキーの「火の鳥」を自ら編曲・録音していたことから、どこか技巧を前面に押し出すギタリストの印象が強いかもしれません。

しかし、私が山下さんのギターを初めてFMで聴いた時にはその表情豊かな音色にも驚嘆したものです。その時の演奏曲はバッハの無伴奏パルティータ3番。特にカヴォットでは愉しい旋律にも関わらず、涙した記憶があります。
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最近中古CD屋に山下さんのCDが大量放出されていたために結構まとめて買ってしまいました。夜にイヤフォンで聴くと癒されるギターの音色。ただ山下さんの若かりし頃の演奏は刺激的です。今回アランフェス協奏曲を山下さんの演奏で聴いて、クラシックの日本人ソリストでここまで自由に演奏して、伴奏のオケを必死にさせる演奏家もいないし、アランフェスをここまで刺激的に演奏する人は今後現れないと思います。

ロドリーゴ アランフェス協奏曲
ギター:山下和仁
指揮:ジャン=フランソワ・パイヤール
パイヤール室内管弦楽団
1986年録音
録音 4.55点  演奏  4.65点

AMAZON→ 山下 アランフェス
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快活に始まる第1楽章のギターのソロから一気に山下さんの早いテンポと指捌きの斬れに驚きます。また音の滑舌のいいこと。昔山下さんがコンサート評で「この曲を完璧に弾かれるのを初めて聴いた」と言われたのも納得。オーケストラがそのテンポに必死に喰らいついていきます。そこは流石にパイヤールで、乱れずかつ上品についていきます。

驚くのは山下さんのギターの音量。ギターの音量は小さくオーケストラに負ける(それが例え録音やマイクで加減しても)。山下さんのギターの音は太く音量も大きい。しかも一気呵成にテクニックを誇示するだけでなく、音色変化も絶妙に変化させていきます。巧いの一言。ギター界のハイフェッツの様。

第2楽章も通常は情緒豊かに弱めに歌わせるのが一般的ですが、ここでも音の1音1音が明確。オーケストラの音量の方が抑えすぎじゃないかと思わせるほど。でもこれだけ強く指でギターを弾いているのに音には濡れた感じがある。名旋律を中間部で深々と響かせ歌うところ、長いソロでの低音から高音に響かせ方も圧倒的。後半に向けて熱を帯びていくのも計算されているのでしょうが、芝居がかっていなくていい。ポピュラーな名曲をポピュラーに演奏しようという気はさらさらない。




パイヤールもパイヤール室内管弦楽団も今はどんな活動をしているのか知りませんが、この伴奏は非常に素晴らしい。通常トランペットなどがうるさくなったり、リズムが鋭角的になり耳につきがち。この協奏曲のCDはギターはいいが伴奏は落ちるものが不思議と多いのですが、山下さんのギターに触発されてなのか弦楽器も管楽器も非常に優れている。心地よい緊張感に溢れた名伴奏で第2楽章最後の部分の天上に上っていくかのような響きはギターともどもこの演奏に白眉。

第3楽章は第1楽章をさらに上回るテンポの早さ!前2楽章に比べ少し聴き劣ると言われる最終楽章ですが、それを補うに余りある山下さんの快速テンポと技巧のキレで、まるでそんなことは無いと闊歩していくかのよう。ここまでくると流石にパイヤール室内管弦楽団もついていくのにかなり必死な感じがします。そのスリリングさが堪らない。実際、1990年代に日本で海外オーケストラ(まぁ2流)とこの曲を演奏した際にはオーケストラがついていけず中間部でアンサンブルが崩壊寸前になったとの逸話もあります。


この第3楽章、村治さんの演奏とは20秒くらいしか演奏時間が違いませんがもっと早く感じます。えっえっと思いながら聴いていると、体感的には3分台で演奏されているのではと感じてしまう。とにかくギターの音が全くもって不鮮明になるところが無い。指が流れて弾いていってしまうギリギリのラインでの早さ、しかし音楽的でこの曲をしっかりと堪能させてくれる。録音も分離が良いのでこの曲のギターの音をこれほど鮮明に炙り出している演奏は無いと言ってもいいかと。

雑誌の名曲名盤ではイエペスやブリームの演奏が未だにトップに君臨し山下盤はまず無視されています。この曲にこの解釈と演奏は異端だからかもしれません。叙情性には欠ける。しかしこの曲をこれほど面白く聴かせてくれる演奏と録音は無いなと何回もリピートして聴いています。これを聴いてしまうと村治盤には戻れない。この曲の趣旨に合っているかは確かに微妙ですから・・・是非日本が世界に誇るギタリスト 山下和仁さんを再評価して欲しい。バッハの無伴奏ギター編曲版は2度録音していますが、2度目の方が録音も良いし演奏も深くお薦め。

伝説の山下神演奏。

最後の聴衆の興奮が凄い。

是非日本が世界に誇るギタリスト 山下和仁さんを再評価して欲しい。
posted by 悩めるクラヲタ人 at 21:35| 協奏曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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