あぁ、とてつもない演奏だな・・・と聴いた時に思ったCDの一つ。パリ管弦楽団とミュンシュはEMIに幻想交響曲を録音していて名盤として有名ですが、それがライブということで予想以上の激しさとピリピリした音の連続。
一般的にはこちらが有名。私は一度購入しましたが・・・

正直、名盤と言われるミュンシュとパリ管弦楽団のブラームスの第1番や幻想交響曲は録音が好きでなく、私は所有していません。ボストンso時代のミュンシュも大味であまり好きではありません。ただこの演奏だけは有無を言わせぬ魔力を放っています。
ベルリオーズ 幻想交響曲
ドビュッシー 交響詩「海」
指揮:シャルル・ミュンシュ
パリ管弦楽団
1967年 お披露目ライブでの演奏
AMAZON ⇒ ミュンシュ パリ管お披露目ライブ「海」から恐ろしいほどまでのピリピリした緊張感。ヒヤリとした「海」。録音がオンマイクで超デットのためそれがより伝わってきます。録音点は私は好みですが、人によってはこの残響が少ない録音は苦手かもしれません。残響は少ないですが、臨場感とその場に居合わせている感じは生々しい。ミュンシュの横にいる気持ちになります。D-509Eだとミュンシュの踏み鳴らす足音・息遣いが聴こえ、そしてオーケストラを叱咤激励する声がそこにいるように感じさせてくれます。
初めから最後まで緊張感が途切れない。「波の戯れ」ではEMI録音ではぼんやりとしか感じられなかったパリ音楽院管弦楽時代の木管(木管奏者は残ったメンバーが多い)と洒落っ気のある弦楽器の響きの美しさが近接マイクで感じられます。「むせ返るような」という言葉がぴったり。
「風と海の対話」ではミュンシュが興乗り腕をぶん回しているのが想像できます。前にミトロプーロスの「海」について書きましたが、あの演奏に勢いをさらに加えた演奏で、アッチェレランドに食らいつく最後のシンバルとティンパニの連打は録音がステレオのためこちらの方が圧巻。
ご存知の通りこの演奏会は、パリ音楽院管弦楽団を解体し国を挙げてベルリンpoに肩を並べるオーケストラをという目的でパリ管弦楽団として生まれ変わったお披露目演奏会。パリ音楽院管弦楽団のメンバーの3分の2は入れ替わりローカルな音色はかなり薄れてしまいましたが、精緻さは増したように思います。
その後、ミュンシュが2年で亡くなってしまい、その後の指揮者選定は失敗続きでとてもベルリンpoなどと肩を並べるオーケストラにはなっていません。なぜかクラッシャー的な指揮者ばかりを選ぶ。バスティーユの時と言い、何故かパリ音楽界は政治が絡む。
幻想交響曲はクリュイタンスとパリ音楽院管弦楽団の来日ライブと聴き比べることができます。過去記事↓
・ベルリオーズ 幻想交響曲 クリュイタンス/パリ音楽院管弦楽団 1964年来日ライブ両方共に熱がこもった演奏ですが、若干趣が違います。クリュイタンス盤は後半になるにつれボルテージが上がっていきますが、ミュンシュ盤は最初からフルスロットルで終楽章でさらにアクセルを踏む。
なのでクリュイタンス盤は第2楽章はエレガントで瀟洒な味わいがありますが、ミュンシュだとすでに力こぶが入って瀟洒な部分が無く根源的な迫力で押してくる。第3楽章ですらうっとりとさせてくれません。常に前のめりでぴりついている。ただ第2楽章も第3楽章もそれゆえに歌うところが殊更印象的で美しく聴こえる。
2楽章のリハーサルですね。
第4楽章、第5楽章は血が煮えたぎるような演奏で、オーケストラがいつミュンシュが指揮棒をぶん回すか怯えながら演奏している。クリュイタンスとの演奏はセクションごとで徐々に熱を帯び、意外と冷静に加速していくクリュイタンスの棒に必死についていっているのですが、ミュンシュとの演奏では奏者一人一人が指揮棒に応えていこうとする気迫と推進力があります。似たような傾向の演奏ですが微妙に聴後の印象が違う。
クリュイタンスの演奏には最後までいい意味でパリ音楽院管弦楽団の田舎臭さのある興奮・踏み外しなのですが、ミュンシュの方にはそれが無い。それはパリ管に昔の音色が減ったのとあくまでミュンシュの音楽だからでしょう。第4・5楽章でのミュンシュの吠える声のリアルさと言ったら。最後の和音はスタジオ録音と違って、かなり引き延ばしています。
このCDに比べれば大人しく聴こえてしまう来日公演時の第4楽章。
このCDは何時も聴こうとは思いませんが、一旦CDトレーに載せると数日居座ります。しかしほぼ同じオーケストラにもかかわらず、なぜこうも音が変わるのでしょう。そしてこの両盤に比べると、他の幻想交響曲のCDの生ぬるさはいかんともしがたい。
posted by 悩めるクラヲタ人 at 18:57|
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