2020年06月18日

棚から消えた巨匠セルジュ・チェリビダッケのCD


交響曲BOXの売却を決めたことで、とうとう指揮者セルジュ・チェリビダッケのCDが棚から消えることになった。一時興味・関心が高くなって買って聴くものの、興味を失ってしまう、またベストチョイスにはならないなと棚から消える演奏家は多いものです。チェリビダッケになぜ興味を失ったのか。

1980・90年代の海賊版全盛期の時代、C・クライバーやピアニスト アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリとともにエース級の扱いだったチェリビダッケ。お三方とも存命中でしたが、録音嫌いのため正規CD発売が少ないため海賊ライブ盤でしか聴くことができない演奏家だったのです。当然音は悪いものの、想像力を働かせて楽しんだものです。相当な数のライブ録音に手を出し、値段・演奏ともに何度も騙されたような気持ちになったものです。クライバーの演奏は音は悪くてもそれなりに興奮・感動できた一方、チェリビダッケのCDはあまり印象に残らなかった記憶があります。テンポは遅いが緊張感とダイナミクスは半端ない。チェリビダッケの最大の武器であるものが欠けていた。





その状況が変わったのがDVDでの発売許可が出るようになった最晩年と、死後に遺族の許可を得てEMIとグラモフォンより大量に正規発売された2000年以降です。優れた録音(とはいってもライブ録音)でようやく彼の本当の音が聴けるようになった。「私の演奏は優れたオーディオ機器をもってしても再現不可能」という理由で録音を嫌ったのも理解できるようになりました。チェリビダッケの最大の演奏の武器、厳格にチューニングされたオーケストラで、徹底的にスコアを読み込み分析し奏者にリハーサルで叩き込み、実際の演奏会では音の消えゆく瞬間までコントロールされた「響き」。それは量子レベルで精巧に計算され生み出される。特に最晩年は。


若いころはフルトヴェングラーに私淑し、髪を振り乱しながら「エグモント」序曲を演奏し、ベルリンpoから放り出された後もお尻を振りながら「ティル」を演奏するなど全く違いました。
https://www.youtube.com/watch?v=m8Y5x1N_aIg
熱っぽさと最晩年の境地の中間点は70年代のシュトットガルト時代で、音楽への猛烈なのめりこみそのままに晩年の境地の融合がありました。ミュンヘン時代になると完全に「響き」に重点を置き、テンポも極限まで遅くなりました。来日時のブルックナーはいまだに伝説と語り継がれています。

CDをそれなりに集め聴きました。聴けるありがたさも加わって、聴いているときは「凄いな」と思うものの、どの曲もベスト演奏にあまりならない。それどころか何回も聴こう・聴きたいとあまり思えない。スコアを見ながら聴くと本当に勉強になる演奏です。細部までよく見える・聴こえる。そしてオーケストラを存分に鳴らしていながらも響きが美しい。うるさい響きがしない。ミュンヘン・フィルの場合は特に。なぜなのだろうと長年思って時折聴いていました。でも聴くのはハイドンの「ロンドン」、シューマンの第2番、ベートーヴェンだと「運命」と「合唱」、バルトークの「オケ・コン」位。




今後チェリビダッケを好んで聴くだろうか?多分聴かないだろうと売却を決意。理由が明確に分かったからです。ミケランジェリと一緒で、「響き」が全てだからです。ベートーヴェンを聴いても、ブラームスを聴いても、バルトークを聴いてもそれはチェリビダッケの音で、作曲家が変わった気がしない。極論的な言い方ですが。晩年のチェリビダッケの演奏は、とにもかくにも複雑に構成された楽譜上の和音をいかにホールに響き渡らせるかこの一点のみ。それがどの作曲家だろうと一緒でチェリビダッケのフィルターを通る。私にはそのフィルターのせいで、作曲家の匂い・臭みが全く消えてしまっているように感じてしまうのです。それはそれで素晴らしい芸術なのですが、第9を聴きたいというときにそのCDにすっと手が伸びない。チェリビダッケの音ってどんなだっけという時に手に取る。1年に1回あるかどうか。だから棚から消えてしまった。

未だに神格化されている指揮者ですが、後世に残る演奏家のようにはあまり思えない。実際に一時よりも市場の熱も冷めてきているように思います。私は特にブルックナーが苦手・・・ヨッフムやヴァントの演奏のほうがブルックナーらしい響きを感じる。デュ・プレとのドヴォルザークも双方の音楽性が水と油で駄目でした。

今になって思うと、若いころのようなロマン派的で音楽に汗水たらしてぶつかるチェリビダッケのほうが好きだったなと感じます。1950年代にベルリンpoとうまく関係性を保てたならば、全く違った変遷をたどった想像できます。カラヤン憎しのチェリビダッケですが、晩年の音楽の作り方は不思議と紙一重のような気がしてなりません。私にはyoutubeにもある、私が図書館のビデオで初めてチェリビダッケを知った時の「エグモント」」序曲が何より心と記憶に残ることになりそうです。
https://www.youtube.com/watch?v=G3346Dq9fXM
posted by 悩めるクラヲタ人 at 22:59| 別れを告げたCD達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月23日

ベートーヴェン 交響曲第9番「合唱」 プレヴィン/ロイヤル・フィル 1989年録音


今年の年末もそれなりに第9を聴いた訳ですが、改めて聴いて別れを告げようと思った1枚。プレヴィン自体は嫌いな指揮者ではありませんが・・・
778_Tanglewood606299.jpg

ベートーヴェン 交響曲第9番ニ短調「合唱」
指揮:アンドレ・プレヴィン
ロバータ・アレクサンダー(ソプラノ)
フローレンス・クイヴァー(コントラルト)
ゲイリー・レイクス(テノール)
ポール・プリシュカ(バス)
アンブロージアン・シンガーズ
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
1989年 スタジオ録音
録音 4.25点  演奏  4.00点


私はタワーレコードで廉価発売されたものを所持。

よくも悪くも可もなく不可もない演奏。致命的なのは金管楽器群の音の悪さ。第3楽章でそれが目立ちました。この第9の第3楽章で割れた音のホルンとトランペットを聴きたくはない。これがロンドン交響楽団との演奏だったらこうならなかったと思うのですが。


若い頃のプレヴィン。

プレヴィンのこのCDは元々RCAに同コンビで録音したベートーヴェン交響曲全集の中の1枚。この後ウィーンpoとの素晴らしい録音を繰り広げるのですが、丁度その前の名声を博す前で日本では全く評価されませんでした。ロンドン交響楽団と蜜月関係でしたが、ジャズ上がりの指揮者ということでまだ軽視されていましたからね。イギリスではもうすでにかなり人気だったみたい。でも、この企画は売れなかったでしょう。


名誉挽回のために、「カルミナ・ブラーナ」の名演を。

プレヴィンの特徴として、オーケストラの美点を上手く引き出し作品に味付けをするタイプなのでオーケストラの音色に味が無いと凡演になる訳です。プロデューサーもその辺を見極めてオーケストラ選定するべきでした。このCDは録音も少しぼんやりしていて好みではありません。よく言えばアナログ的な音調ではありますが。

「かつてのワインガルトナーやワルター盤に匹敵するヒューマンな「第9」」という帯の推薦文もありますが、言わんとすることは理解できる。しかし・・・没個性的ともいえる。いいところは合唱団が優れていること、プレティッシモだけとってつけたかのようにプレヴィンが燃えています。

でも・・・お別れをしようと・次はショルティ盤か?
posted by 悩めるクラヲタ人 at 13:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 別れを告げたCD達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月22日

ドヴォルザーク スラヴ舞曲集 マゼール/ベルリンpo 1988年録音


このブログを始めてよかったなぁと思うことは、こういうことをやっていなければなんとなく棚を占拠しているCDにまともに耳を傾けてみようとする機会が増えたこと。それがきっかけで、棚の整理ができるようになった、つまり売却しようという決意が出来ること。

カテゴリに別れを告げたCD達というものを作ってみました。これはいいですよというCDの記事が多いですが、実は彼らは幾多の売却難を逃れた生き残ったCD達ばかりなのですから当然です。あまり誹謗中傷したくないので書いていないだけですが、備忘録として別れを告げたCDの記事も書いていこうと。ということで。

ドヴォルザーク スラブ舞曲集
指揮:ロリン・マゼール
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1988年 スタジオ録音
録音 4.20点  演奏 3.50点



スラブ舞曲集で良く聴くのは、以前に紹介したドホナーニ/クリーヴランドo盤。過去記事は↓
スラブ舞曲集 ドホナーニ/クリーヴランドo
ドホナーニ盤は曲によって出来不出来が少なく、さっぱりとして都会の洗練された味わい。物足りないと思う方も多いでしょう。ただ録音も優秀なので私は重宝しています。

さてマゼールのこの演奏を久しぶりにまともに聴いたのですが、ドホナーニに慣れたせいか・・・アクが強い。スラブ臭は全くないのですが、彼が手首だけで天下のベルリンpoを手玉に取って指揮しているのが見える。恣意的な強調も目立ち、正直うるさいし阿漕な演奏に感じます。アンサンブルは見事で、ベルリンpoの圧倒的な機能性はしっかりと感じ取れる演奏ですが、私には駄目。


若い時の方が良かった指揮者ですね。ビリー・ジョエルに似ている。

この曲にスラブ的なものを私は求めていませんので、ノイマンやクーベリックの演奏とかには興味がありません(聴いたことはあります)。この愉しい曲集をどんな形であれ面白く聴かせて欲しい。マゼール盤は面白いを通り越してしまっている。「ベルリンpoをこんなに上手く鳴らせるのは俺だからだ。スピーカーの前の諸君にも分り易く演奏してあげよう」という印象がする。この録音当時、カラヤンの後継者探しの時期で、マゼールは指呼の位置にいましたからね。彼だけがそう思っていたみたいですが(笑)

マゼールの演奏はいつもそれを感じてしまう。彼のCDで持っているのはJ・シュトラウスのCDだけ。相手がウィーンpoだからか恣意的なところが薄まって悪くない。過去記事はこちら↓
ウィーン・ニューイヤーコンサート1996 マゼール/ウィーン・フィル

スラブ舞曲集のCDは他にプレヴィン/ウィーンpo盤を所有。こちらは少し出来不出来がありますが、ドホナーニ盤のクールすぎてという物足りなさをウィーンpoの音色で補った演奏。革張りのティンパニの音が良いアクセントをつけている。プレヴィンもウィーンpoにのびのびと演奏させ、彼らの音楽をやらせている。マゼールと正反対。録音も非常に優秀。

長い間廃盤でしたが、今は復活しているみたい。

ドホナーニ盤とプレヴィン盤があれば十分ということで、今回別れを告げます。
posted by 悩めるクラヲタ人 at 07:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 別れを告げたCD達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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