ワルターとウィーンpoの戦前のマーラー「第9」は未だに語り継がれている名演です。1938年のライブ録音としては驚異的な録音(と言ってもモノラルですが)ですし、戦前のウィーンpoの弦楽器特有の響きが加工無く感じられる貴重な音源です。
20世紀中盤からバーンスタインなどのようにゆっくりで厭世観たっぷりの演奏に慣らされた耳には、モノラルながら新鮮に聴こえるスッと流れる演奏です。晩年のワルターとも違います。全体的に早いテンポで進みますが、切迫感を感じるのは時代背景が裏にあるからでしょうか。ワルターが若いということもあるのですが。
マーラー 交響曲第9番ニ短調
指揮:ブルーノ・ワルター
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1938年 ライブ録音
AMAZON → ワルター マーラー第9 オーパス蔵
この演奏会が始まる前には、ナチスによる足音や叫び声による妨害があったなどという話などを知る人ももう少ないことでしょう。ユダヤ人であるワルターがウィーンでも窮地に追い込まれた状態でのライブでした。この公演後すぐに命の危険を感じワルターはアメリカに亡命することになります。家族はナチスにより命を奪われ、ワルターの最悪な時期が大戦が終わるまで続きます。
第1楽章のSP起こしでしょうか。生々しい音。
そんな心の葛藤が表れているような演奏。荒れ狂う心情を吐露しているような激しい斬り込むような演奏です。まだまだマーラーの交響曲に拒否反応を示していたウィーンpoの面々が必死にワルターの棒に応えています。しばしの別れを察知していたかのような暗くて深いトロンボーンの呻きと甘美な音色で奏でつつ時に切先鋭く切り込むヴァイオリンの音。第1楽章だけでも十分な位の聴きごたえがあります。音の悪さは途中で忘れてしまいます。そんな壮絶な響きの中で木管楽器の哀切な訴え。
第2楽章の愛らしいく朴訥な木管楽器に分厚い弦楽器群がコントラストを描いて進みます。第3楽章はワルターが激情に駆られて演奏しています。コーダのアッチェレランドは録音がさすがに物足りなく感じますが、激しい追い込みです。この後の第4楽章を聴くのが辛い。
荒れ狂う第3楽章コーダは圧巻。
第4楽章は早い。20分かからず通り過ぎてしまいます。しかしながら、それ程早いと感じさせず、マーラーの死への恐怖と演奏時にワルターの命への危機感が同期したような音。それをウィーンpoが昇華するように音にしています。鼻にかけたようなヴァイオリンの響きとポルタメントが、曲の重さを美しさへ転換してくれています。
木管楽器に懐かしい音、しかし寂しさ・侘しさがここかしこに聴こえる。それにしても聴衆のノイズがそれほど聴こえないのは不思議です。固唾を飲んで耳を傾けていたのでしょうか。
世界文化遺産に登録されてもいいような戦前のウィーンpoの響きが堪能できる第4楽章。
ユダヤ系奏者がこの後にウィーンpoからも去ることになり、オーケストラの音は微妙に変わっていきます。この演奏会の記録はワルター自身が破棄したいという程、嫌な思い出があったそうです。しかし皮肉なもので、後年のコロンビア交響楽団の演奏よりも評価が高く後世に残るのはこちらの演奏でしょう。上のyoutubeの方の復刻は見事ですね。どこにマイクを置いていたのかと思う程、当時としてはシンバルもグランカッサ・低弦もしっかり押さえている。
80年前の録音ですが、スピーカーの前で聴いているとそんな時間の経過を忘れてしまう演奏。しかし、戦争・悲劇は繰り返してはいけないという思い、そして大戦によって失われてしまったものを思い出させてくれる演奏です。


